Long Love

□優しくて、壊れて
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 スクアーロ君と喧嘩した次の日の朝。教室に向かう途中、前をスクアーロが歩いていた。

 だから、駆け寄って後ろから両肩に手を置いた。身長差?確かに、ちょっと高すぎるけど。

 そんでもって、ぐっと親指に力を入れてスクアーロ君の肩を揉んでやった。ぐわん、とスクアーロ君の肩が跳ねあがる。へっへー、昔お父さんとお母さんに「上手だね」って誉めてもらったんだ、マッサージ!きっとスクアーロ君も褒めてくれるに違いない!

 でも、くるりと振り返ったスクアーロ君は褒めてくれるどころか




「てめぇ!!なにしやがんだぁぁぁ!!」




 と怒鳴ってきた。怒られたことにびっくりして一瞬動けなくなった。下手くそだったのかな。




「マッサージ」

「馬鹿かてめぇ!あんなくそ痛ぇマッサージがあるかぁ!!」

「ご、ごめん、痛いと思わなかった…」

「ったく…」




 お父さんとお母さんの嘘つき!私全然マッサージ上手じゃないじゃんよ!…そう言えば、肩が凝って無い人は肩揉みされても痛いだけだって聞いたことがあったかもしれない。




「ごめんねー、痛くして」




 痛くした時にやってもらうように、スクアーロ君の頭に手を伸ばしてぽんぽんと撫でた。高さの関係で頭のてっぺんは届かないから、頭の後ろの方だけど。いいなぁ、綺麗な髪で。その時、スクアーロ君の後頭部で一か所不自然にぼこりと膨らんでいる個所に触れた。





「う”ぉぉぉい!!てめぇ何すんだぁ!!」

「スクアーロ君、ここどうしたの?」

「…」

「昨日の喧嘩?」

「…」

「大丈夫?!珍しいね、スクアーロ君が攻撃を食らうなんて。雑魚ばっかとか言って油断してるからだよ。実は強かったんだ、あのお兄さんたち。」

「…てめぇだぁ」

「…え?」





 待て待て、何がてめぇ何だ。あれ?どういう会話の流れで「てめぇ」なんだっけ?





「私、スクアーロ君の後頭部を狙った記憶ない」

「地面に打ち付けてきただろぉ」




 あぁ、あの時。倒れた時に地面にぶつけたんだ。私が怪我させて痛くしちゃったんだ。それでスクアーロ君は痛いんだ。





 ぐっ。

 スクアーロ君が私の手を掴んだ。そのまま引きずられるようについていく。






「どこ行くの?スクアーロ君?」

「その顔がどうにかなるまでどっかで休んでろぉ」





 か、お?あ、私泣いてるんだ。何でだろう。喉の奥から何かがせり上がってくる。苦しい。悲しい。

 そっか、私、スクアーロ君を怪我させちゃったのが悲しかったんだ。喧嘩見るのは大好きなのに。自分が相手に痛い思いをさせるのって、すっごい辛い。こんなきついことしてたんだ、スクアーロ君は。





「スクアーロ君って、やっぱり強かったんだね」

「今更かぁ?」




 うん、強い。それから優しい。今もこうして泣いてる私が落ち着くまでいられる場所を探してくれている。




「ここにでも入ってろぉ」

「うん、ありがとう…ん?」




 ばたん!

 スクアーロ君は私を狭くて暗い場所に押し込めて扉を閉めてしまった。

 うん、スクアーロ君は優しい、そんで強い。でも、あんまり頭は良くないかもしれない。確かにこんなに泣いたままなのは嫌だけど…






 掃除ロッカーは無いでしょう!!




 うー、雑巾のつんとした匂いがきつい。モップの柄が若干刺さってる。

 でもまぁ、スクアーロ君の優しさに免じて、もう少しここにいよう。涙が止まるまで。












 * * *







 その後しっかり授業に遅れた私は先生の説教を覚悟して後ろのドアからそっと教室に入った。いくらそっと入ろうが気付かれないなんて不可能なんだけど。ほら、先生ががっつり見てる。怒られる…




「おい、腹は大丈夫か?またぶり返したらすぐに保健室行けよ」

「え、えっと…はい。」




 ???

 どうやら私は腹痛を起こしたことになっているらしい。そんなことを先生に言うのは、私を掃除ロッカーに押し込めたスクアーロ君しかあり得ない。

 自分の席に戻る途中にスクアーロ君と目があった。ありがと、と口だけで伝える。

 やっぱり優しい。頭がよくないかもしれないって思ったのは撤回だ、ちゃんと気も利くんだ。

 授業が終わったらもう一回お礼を言いに行こう。







 …という感謝の念は、授業終了後1分で消滅し、負のベクトルへ一気に傾く。心配して駆け寄ってくれた友達の言葉に驚いた。





「ちょっと、大丈夫だった?!」

「ん?何が?」

「昨日アイス32個も食べてお腹壊したんでしょ?!」





 …さっきの撤回をもう一回撤回しよう。スクアーロ君、どうしようもない。なんていうどうしようもない誤魔化し方を!

 一応そういうことになっているので、友達には曖昧にうんと頷くことしかできない。否定したい、全力で否定したい。この誤解を解きたい。でもだめだ。






「…スクアーロ君!!!!」





 なんて言うことを言ってくれたんだ!苦情を言おうとスクアーロ君の姿を探す。が、教室内のどこを探してもスクアーロ君は見つからない。トイレかな?

 結局スクアーロ君が教室に戻ってきたのは次の授業が始まる直前だった。仕方ない、この授業が終わってから言いに行こう。でも、落ち着いて考えてみればスクアーロ君は私なんかのために先生に嘘ついてくれたんだ。お礼もちゃんと言おう。

 そんなことを思っていたのに。次の授業が終わった後もスクアーロ君はチャイムとともにさっさと教室を出てしまって、帰ってくるのは決まって授業開始ぎりぎり。

 そうこうしているうちに一度も話せないまま昼休みになってしまった。そしてスクアーロ君はまたもやどこかに行ってしまった。

 あーあ、うまくいかないもんだなぁ。






「おーい!またスクアーロが喧嘩してんぜ!」

「お?また吹っ掛けられたの?とことん先輩に嫌われるタイプなのかね」

「いや、今回はスクアーロの方から吹っ掛けたらしい」

「まじで?!」

「なんかあったのか?」

「さぁ?」

「見に行こうぜ!!」

「おう!」






 それを聞いた私がじっとしていられるわけもなく。廊下を通るのももどかしく、窓から身を躍らせた。二階くらいなら余裕だ。こうすれば正規ルートよりうんと早く中庭へ辿り着ける。先生に見つかれば大目玉だけど。

 中庭に既に出来上がっている人だかり。多い。その間を縫って最前列へ。先に来ていた人ごめんなさい。今日も半分くらい戦いは終わっていた。結構な数のお兄さんたちが倒れている。

 ここまでは昨日ととてもよく似ていた。

 違うのは、お兄さんたちが最上級生で見るからに強そうなこと。それからスクアーロ君が素手ではなく血濡れの剣を手に…

 一杯、一杯怪我していること。

 その傷の深さに絶句した。あんなに深い傷、見たこと無い。喧嘩は沢山見てきたけど、所詮は子供の喧嘩。ここまでの出血なんて。おまけにスクアーロ君はものすごく強い。だから掠り傷だって珍しいくらいなのに、なのになんで、なんでそんなに血がいっぱい出てるの?

 ゆら、

 スクアーロ君が傾いだ。あれだけの出血があれば、意識くらい遠のいて当たり前。普通の人だったらとっくに倒れている。でも、スクアーロ君は。

 お兄さんの一人が棒のようなものを振りかざしてスクアーロ君の背に襲いかかる。日に鈍く反射する得物の鉄色が、怖いよ。




「スクアーロ君後ろ!!」




 咄嗟に叫んだ。野次を飛ばすことはあっても、どちらかをあからさまに応援したことは無かった。でも、スクアーロ君を応援せずにはいられないのはなんでだ。

 お兄さんの得物が風を切る音。当たっちゃう!!

 そう思った瞬間、スクアーロ君がゆるりと振り返った。

 パシリ、という軽い音。スクアーロ君は、頭を直撃するはずだった棒状のものを素手で掴みとめた。そのままお兄さんの手から奪い取り、体勢を崩したお兄さんに蹴りを入れた。スクアーロ君は大して力を入れた風は無かったのに、お兄さんは数メートル吹っ飛び、起き上がらなくなった。

 スクアーロ君の目がさらりと野次馬の上を滑り、私のいる辺りで止まった。くっ、と口角を上げて見せるスクアーロ君。

 この表情がたまらなく好きだ。でも、だめ、スクアーロ君。こういう時に気を散らした方は、大抵負けちゃうんだから。ほら、お兄さんたちはみんなしてスクアーロ君のこと睨みっぱなしじゃん。

 私の心配をよそに、スクアーロ君は掠れた声を張った。




「う”ぉぉぉい…3分、3分だぁぁ!!!」



 幾度となく聞いてきた勝利宣言。私は今までこれが覆された所を見たことが無い。信じたい。でも、




「あん?このガキ、何が3分なんだ?」

「さぁ?コイツが後戦える時間じゃねーの?」

「3分も持つかよ?」




 お兄さんたちの言う通り、スクアーロ君は今にも倒れてしまいそうだった。3分なんて、とてもじゃないけど持ちそうにない。

 なのにスクアーロ君は余裕の笑みを浮かべている。




「てめぇらぁ、まだ分かってねぇようだなぁ…俺は…スペルビ・スクアーロだぁ!!!」




 そう叫ぶと、スクアーロ君が思い切り地を蹴った。速かった。どこにあんな力が残っていたんだろう。対応しきれなかった数人のお兄さんたちが剣の餌食になった。でも、それでもまだ沢山残っている。しかも、強そうな人に限って残っている。

 多分リーダー格のお兄さんが目配せを送る。タイミングを合わせて、連携してスクアーロ君を潰す気だ。




「てめぇらいつまで見つめあってんだぁ?さっさと来いよ、雑魚どもがぁ」



 スクアーロ君の挑発。お兄さんたちは相当ムッときたようだが、それでも平静を失うことは無かった。

 見事なまでに同時に接近するお兄さんたち。いくらスクアーロ君でも、あのコンディションであの人数を捌くのは無理がある。

 こんなに見たくないと思った喧嘩は初めてだ。両方とも強いからレベルだって高い。いつもなら嬉々として、今の周りのみんなみたいに野次を飛ばすのに。

 でも、目をそらしちゃだめだ。何故かそう思った。

 スクアーロ君が、上級生の大きな体に囲まれて一瞬見えなくなった。

 …嫌だ!

 それから、不思議な事が起こった。一瞬時間が止まったように、お兄さんたちがぴたりと動きを止めた。スクアーロ君に一撃を加える寸前で。そして糸が切れたように全員が崩れ落ちた。

 真ん中には、不敵な笑みを浮かべるスクアーロ君。

 勝った…?





「う”ぉぉぉぉい、弱ぇぞぉ!もっと強ぇ奴はいねぇのかぁ!俺より強い奴がいたら、今すぐ出てこい!かっさばいてやるぜぇ!」




 今までざわついていた野次がシーンと静まり返った。何故って、スクアーロ君はその野次に向かって大音声を張っていたから。

 誰も何も言わないことを確かめて、スクアーロ君は繰り返した。



「俺より強いと思う奴、出てきやがれ。捌く。」




 勿論誰も出て行かない。今の戦いを見れば、誰だってそうだろう。

 昼休み終了のチャイムが、酷く遠い所で鳴っているように聞こえた。

 でも、この硬直した雰囲気を打ち崩すには十分だった。我に返った生徒たちは、我先に教室へ急ぐ。教室へ、と言うよりスクアーロ君から遠くへ、と言った方がいいのかもしれない。

 そして、動かずに立ち止っていた私とスクアーロ君だけが中庭に残った。



「スクアーロ君!!」

「来んなぁ!」



 駆け寄ろうとした私の足は宙で半端に静止した。向こうを向いているスクアーロ君の表情は見えない。




「う”ぉぉい、聞こえなかったのかぁ?」




 動こうとしない私に、何故だか焦っているように聞こえるスクアーロ君の声が告げた。

 言いたいこと、いっぱいあるのに。

 でも、私はうん、と頷いて、スクアーロ君に背を向けた。何か理由があるんだ。言いたいことは、次の授業の後でもいい。今度こそ聞いてもらうんだ。でも今は。

 ちょっと、泣きそうになった。






 中庭から校舎内に入ろうとした時、本当にちらりと、靴を脱ぐときにスクアーロ君の方を見た。もしかしたら、自分が追い払われた理由が見つかるかもしれない、そう思って。

 スクアーロ君は、誰もいない中庭の真ん中でうつ伏せになっていた。

 え・・・?

 脱ぎかけた靴をつっかけて、全力でスクアーロ君の元へ走る。意識を失ったスクアーロ君は殺気も何もなく、その為かさっきよりずっと弱って見えた。

 

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