昼休み。何か面白いことは無いかと中庭を覗きに行こうとしていた私は、突然素晴らしいクイックターンで引き返した。なんでって、物凄く引っかかる単語が耳に入ったから。
「ねぇねぇ、スクアーロ君がどうかしたの?」
「うわっ!…って、何だお前かよ。急に話しかけんな、びっくりすんだろ」
そう、「スクアーロ」という単語。それを口にしていたのは、クラスメートで野次馬仲間の男子だった。喧嘩情報の3割は彼から得ている。一見付き合いが悪そうに見えるが、実際は物凄く良い奴だ。
「ねぇねぇ、スクアーロ君が?」
「あぁ。ここ2,3日この近辺でな、」
「うんうん、で、スクアーロ君は?」
「うっせ、今言うから最後まで黙って聞け。…最近この近辺で道場破りが多発しててな、」
「うんうん、で、スクア」
「マジで黙れよ、さっきから話進んでねぇじゃねーか。次口はさんだら裂くぞ。」
「何を裂くの?内臓?」
「気色悪ぃこというんじゃねーよ、口に決まってんだろ。…お前本当は話聞きたくないのか?」
「いやそれはもう大変聞きたいです。」
「じゃあ黙っとけ。…その道場破りが、どうやらうちの生徒らしいんだ。まだガキの剣士で、態度と声がでかくて、滅法強いらしい。」
「それって…」
「ああ。噂で聞く容姿や言動とスクアーロが、ほぼ一致してんだよ」
「…」
「すげーよな、あの年で道場破りだぜ?学校休んでんのもそれと関係あんのかもな…って、どこ行くんだよ?!」
「寮!」
教室の時計は、昼休みがまだ30分近く残っていることを示していた。男子寮まで片道5分かからない。スクアーロ君が休みだしてからは毎日顔を出しているけど、いつもすれ違いになってしまう。放課後ですれ違いなら、昼休みに行けば会えるかもしれない。
あんな深手を負っているのに道場破りなんかやってるとしたら。スクアーロ君は大馬鹿だ。一回叱り飛ばしてやろう。それで、大人しくしてもらって、早く治してもらって、早く学校に来てほしい。
事務のお兄さん(ちょっと仲良くなった)に聞くと、スクアーロ君は今日は出かけていないとのこと。
足が自然と速まった。
「スクアーロくーん!スクアーロくーん!」
ドアの前で叫ぶ。少ししてから、入れぇ、という声が聞こえた。声は元気なようだ。
「で、何の用だぁ?」
「怪我大丈夫?何で学校来ないの?道場破りって本当?シャンプーってアジエンス?」
「…もっかい言えぇ」
「怪我大丈夫?何で学校来ないの?道」
「一つずつにしろぉ、訳わかんねぇ」
「怪我大丈夫?」
「大したこと無かったからなぁ。」
「…嘘だ」
だって、この部屋血の匂いするもん。まだ塞がりきって無いんでしょ?
スクアーロ君はそれには答えずに、次は?と尋ねた。
「何で学校来ないの?」
「やることがあんだぁ。暫くは行かねぇつもりだぁ」
「やることって、道場破り?」
「あ”ぁ。」
「 」
「…?何だぁ?」
「…大ぶぁ鹿野郎!まだ塞がって無いんでしょ!傷!」
「問題ねぇっつってんだろぉ」
「治ってからでもいいじゃん。何でよりによって怪我してる今やんなくたって!」
「この前思いついたんだよ。善は急げって言うじゃねぇか」
「何が善だ!何が急げだ!」
「う”ぉぉい、何怒ってんだぁ。てめぇも喧嘩好きだって言ってたじゃねぇかぁ」
「怪我してたり痛いのとかを見るのは嫌なんだもん。スクアーロ君だって面白くないでしょ?全力出せなかったら」
「全力出さなくても勝てる相手ばっかだけどなぁ」
「でも、おもしろくない。」
スクアーロ君、何にも分かって無い。それで、例えば全力出せなくてもっと怪我したら、もっと痛いんだよ。やってる方も見てる方も、面白くない。
不満を顔全体で表現してスクアーロ君に訴えたら、笑われてしまった。
「俺はおもしろいぜぇ?後、校内で一番強ぇこと、早く証明しなきゃなんねぇしなぁ。」
「自分の体よりそっちを優先するなんて変だよ。」
「変じゃねぇ。」
スクアーロ君はきっぱり言い切った。
私の言ってることの方が絶対正しい。そう思ってるし、その理由だっていっぱいある。なのにスクアーロ君に言われてしまうと反論できない。
さっきよりさらに不満ダダ漏れの顔をして、半分睨むようにする。割と口は立つ方だから、こうやって言いくるめられてしまうのは慣れないし好きじゃない。するとスクアーロ君はニッと口角を上げた。
「何て顔してんだよ。なんだぁ?俺がいなくて寂しいってかぁ?」
「そりゃあもう。」
スクアーロ君は少し驚いたようだった。否定してほしかったのかな。あれかな、雛の巣立ちを応援する親鳥の心境みたいな感じで。スクアーロ君に育てられた覚えは無いけど。
だって…
スクアーロ君絡みの喧嘩が一番面白いんだもん!
「…素直じゃねぇかぁ」
「ありがとう。良く言われる。」
「明日にでも、学校に顔出すかぁ。」
「本当?」
やった!スクアーロ君復活=面白いこと勃発。シンプルだけど強ち間違っていない方程式だ。
「傷も塞がったしなぁ」
「それは嘘だよね」
「…」
口を閉ざすスクアーロ君。言わなきゃいいのに、わざわざ口にする所が可愛いというかなんというか。可愛いなんて言ったら刺し殺される気がするけど。
まだ治って無いんだったら、もしかしてまだ休んでた方がいいのかな?なんて一瞬思ったけど、平気で道場潰して回ってるみたいだし授業だけ休むのはおかしいよね、と自己完結する。
「それじゃ、午後の授業あるから帰るね。あ、スクアーロ君も今から行く?」
「今日はもうだりぃし行かねぇ」
「サボり癖ついてんね。そのうち直そうか」
「ほっとけぇ」
「全く…。じゃ、ばいばーい、また明日ねー。」
「お”ぅ」
スクアーロ君の部屋のドアを閉めた時、何だかふわふわとした幸せな気分だった。明日からスクアーロ君がまた学校に来るんだと思うと、なんだかウキウキした。人目を気にせずに、お気に入りの歌を口ずさみそうになる位、それ位。
あ、シャンプーの銘柄聞きそびれちゃった。まあ、でも大したことないよね。明日聞けばいいんだもん。
その時は、昼休みにスクアーロ君を訪ねて本当によかったと思った。
今思えば、私はスクアーロ君の部屋へ行くべきではなかったのだ。
そうすれば、スクアーロ君は、