Long Love

□勝負と少年
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 走った。

 スクアーロ君が病院に担ぎ込まれた。担ぎ込まれたっていうことは、その傷が本当に深かったことを意味する。ここはマフィア関係者の通う学校。だから喧嘩だの抗争もどきなんかは日常茶飯事で先生方もうるさく入ってこない。そのかわり、医療設備は抜群に備わっているのだ。だからちょっとやそっとの怪我は保健室で対応できてしまう。はずなのに。

 数日前に目にしたスクアーロ君の傷口。あの時はパニックになってそれどころじゃなかったけど、光景を思い返すだけで私まで痛みを感じる。あれよりひどい傷だったら…

 だめだ、涙が出そう。

 重くなってきた足に鞭打って、前へ前へ体を運んだ。















 受付でスクアーロ君の名前を言った。どうしようもなくもどかしい。受付のお姉さん、早く!スクアーロ君は入院することになっているらしい。病室の場所を聞いて、流石に院内は走れないから、できるだけ早歩きで向かった。

 手書きで「スペルビ・スクアーロ」とかかれたプレートを発見し、ノックもそこそこに病室に飛び込んだ。







「スクアーロ君!!」

「あ”っ!てめぇ何でここに?!」






 色も白く髪の色も淡いスクアーロ君は、真っ白な病室の空間のせいか何となく頼りなさげに見えた。って言ってもあくまで普段に比べればの話で、一般的な基準で考えれば元気すぎる位。思いのほかスクアーロ君は大丈夫らしい。







「そうだぞ、何でここにいるんだ?学校はどうした?」

「!!」







 スクアーロ君に気が行ってしまって気付かなかった…。安っぽいパイプ椅子に腰かけていたのは…我らが担任だった。

 何でって、スクアーロ君が心配だからに決まっている。でも、それは全くもって学校を休む言い訳にはなっていない。っていうか、学校とかすっかり忘れてた。





「え、えーと…」

「遅かったじゃん!待ってたんだよ」





 底抜けに明るい、温かい声が聞こえた。振り返ると、声の主は水差しのようなものを手に病室の入り口に立っていた。無造作に散らした金髪。少しおびえたような表情とは対照的に、意志の感じられる黒目がちな目が印象的な少年。同じ年か一個下位だと思う。

 先生がその少年に「知り合いか?」と尋ねた。

 少年は先生をちょいちょいと手招きして、小声で話す。私の所からもぎりぎり聞きとることができた。気のせいだろうか、少年の声に怯えが混じっている気がする。





「はい、俺が彼女を呼びました。スクアーロは怪我で精神的に弱ってるはずです。だから仲のいい友達がいたほうが治りも早いと思って」

「そうか…」





「う”ぉぉい、てめぇら何こそこそ言ってんだぁ!!」

「ひぃぃぃっ!」

「大したことじゃない。…俺は医者と少し話してくる。スクアーロ、頼むからここで問題は起こさないでくれ。それから、」






 先生は私に向き返った。






「今日1日は学校休んでもいいぞ。」

「え?!」

「スクアーロを頼んだ」






 最後は私にだけ聞こえるように言って、先生はじゃあな、と病室を後にした。

頼まれた…?

 残された3人に微妙な沈黙が流れる。それを破ったのはスクアーロ君だった。






「う”ぉぉい、てめぇ…さっきの全部聞こえてたぜぇ?」

「ひぃっ!」

「勝手なことしやがって」




スクアーロ君の動作にいちいち怯える少年。さっき私が瞳に感じた意志の強さはきれいさっぱり失せている。

この人…誰だろう?ディーノ、と呼ばれていたけど。





「あの…ディーノ君?」

「ん?」

「さっきは助けてくれてありがとう」

「はは、大したことねーって。」

「本当になぁ。あんな大根芝居でよくセンコーを引っ掛けたもんだ」

「うっ…(凹む…)」

「…あ!私わかった!」

「何がわかったんだぁ?」

「ディーノ君はスクアーロ君の親友なのか!」

「違ぇぇぇ!!」




全力否定ですか、スクアーロ君。でもさでもさ、授業やってる時間帯に先生公認でお見舞い来てるくらいだから、てっきり大親友なんだと思ったよ。

私がそういうと、ディーノ君は引きつった笑みを浮かべた。





「俺はただ巻き込まれただけっつーか…」

「え?何に?」

「…戦争」

「は?」

「う゛ぉぉぉい、あんだけ戦力に差がありゃあ戦争たぁ言えねぇぞぉ」

「スクアーロ君?!また無茶苦茶不利な喧嘩してたの?!」

「逆だぁ。向こうが弱すぎんだぁ。」




開け放たれた窓からの風に短髪を遊ばせながら、スクアーロ君が事の顛末を語ってくれた。







* * *






今朝は普段よりかなり早く目が覚めた。だから何となく早めに出校しようという気になった。

教室に着いてみるとまだ誰一人来ておらず、非常に退屈になってしまった。

何をしようかとぼんやりと机に腰掛けていたときだった。廊下から名を呼ばれた。気取ったような声の感じが気に食わなかったから、暇を持て余していなければ確実に無視していただろう。

呼ばれるまま廊下に顔を出した。呼び出したのは、おそらくこの学校の最上級生。





「お前か?『自称』校内最強のスクアーロっていうのは」

「…自称だとぉ?」

「ほら、お前…まだ俺のこと倒してないだろ?校内最強なら、倒してみろよ?」

「ハン!てめぇなんかじゃ話になんねぇ」

「怖いのかい?」

「んなわけねぇだろぉ!!」

「じゃあ決まりだ。付いてきてくれ。これから、校内最強を賭けたモーニングバトルと洒落込もうじゃないか」





あ゛ー、こいつのしゃべり方聞いてっとむしゃくしゃするぜぇ。速攻で切り刻んでやりたい衝動に駆られたが、「校内最強を賭けた」という言葉が気になった。

こいつを倒せば、「校内最強」になれるのか?

ほんの一瞬、自分の体調に不安を覚える。ベストとは言い難い。でも、こいつを倒すくらいには十分過ぎる位だぁ。

取り敢えず、ついていってみるかぁ。暇だしよぉ。




連れられた先は、お馴染みの中庭だった。

普通の学校ならば備えられているような遊具の類は一切置かれていない、疎らに草の生えた広いだけの空間。昔から生徒たちが戦いの場として利用してきたため、中庭に面している壁は補修だらけだ。





「う゛ぉぉぉい、とっとと始めようぜぇ!」

「あぁ、そうだね」






最上級生は片頬を吊り上げて笑った。そうやって余裕ぶっこいてられんのも今のうちだぁ。剣を抜く必要すらねぇな。

そう判断し、素早く間合いを詰めようとした。

飛び出した瞬間、風向きが変わった。風にのって流れる、今まではしなかった独特な匂い…






火薬!!






咄嗟に伏せた。同時に校舎の壁からガツンという重い音。見ると壁は抉りとられ、その下には見覚えのある球状のものが転がっていた。

訓練用の、ゴム弾。通常は火薬を減らして撃つため、あれ程の威力はない。





「どうしたスクアーロ、かかってこないのか?」




さも不思議そうに尋ねてくる。にやついた顔といいやり口といい…いけ好かねぇ野郎だぁ。

まぁ、こいつが何をしようと、何人束になろうが、俺が勝つことに変わりはねぇけどなぁ。




「う゛ぉぉぉい、てめぇらぁぁぁ!!全員出てきたらどうだぁ?手っ取り早いほうが好みなんでなぁ!!」

「ふふふ…威勢がいいじゃないか。いいだろう。みんな、もう出てきてもいいそうだ。」





男の呼び掛けで、今まで隠れていた最上級生たちがわらわらと出てきた。その数30人弱。一体どこに隠れていたと言うのか。



「う”ぉぉい、まだ隠れてんだろぉ?」

「あぁ、遠・中距離専門で君を狙う連中が、ね。」



 何が「ね?」だ、気色悪ぃ。

 ただ、こいつらを全滅させれば学校最強、と言うのはどうやら本当らしい。ならばやることは一つ。

 早朝のひんやりとした空気を腹いっぱいに吸い込んだ。





「う”ぉぉぉい!!怖気づいてんのかぁ?ごちゃごちゃ言ってねぇでとっととかかってきやがれぇぇ!!」

「はは、君の寿命を延ばしてあげてたのに。…じゃあ、行くよ。」




 火蓋は、切って落とされた。












 * * *






「…で、そこにたまたま通りかかったディーノ君が劣勢だったスクアーロ君に加勢した、と。」

「違ぇ!なんでそうなるんだぁ!!」

「俺、たまたま通りかかったら戦ってるスクアーロがあんまりその…怖くて腰抜かしちゃって…横でずっと見てたんだ。それでさっきまで先生に状況聞かれたりしてたってわけ。」

「ったく、情けねぇ。」

「グサッ…」

「それでディーノ君はスクアーロ君がぼこられてた状況を報告してた、と。」

「だから違ぇ!!なめんなぁ、あんなカス共に俺が負けるわけねぇだろぉ!!」

「でも、怪我してる。」

「…大したことねぇよ。」

「入院しなきゃいけないくらいなのに?」

「医者がうるさかったからなぁ。」

「じゃあ、何も言われなければ普通に帰ってた?」

「あぁ。」

「傷、見せてみなよ」

「…」





 スクアーロ君は黙り込んでしまった。やっぱり、見せられないくらい酷い怪我なんだ。今私、いつもスクアーロ君がするみたいに眉間にしわ寄せてるに違いない。

 それを見て、本家のスクアーロ君も眉を寄せた。




「てめぇ、何が気に入らねぇんだぁ?勝ったんだからいいじゃねぇかぁ」




 そんなわけあるか、馬鹿野郎。




「…そんなにいっぱい怪我してたら本当に『勝った』っては言えない」

「あ”?!俺が勝ってなきゃ誰が勝ったっつーんだぁ?最後は俺しか立ってなかったんだぜぇ。」

「で、その後倒れたんだよね。」




 つい口を挿んでしまったディーノ君がしまったというように口を押さえる。そして気の立ったスクアーロ君に何かされると思ったのか、口を覆った手を今度は体の前でふよふよと動かす。防御のつもり…?

 しかしスクアーロ君はただ、「んなこと、勝負とは関係ねぇよ。」と言っただけだった。

 勝負、勝負、勝負…。私は、不思議で仕方がなかった。





「ねぇ、なんでそこまで勝ち負けにこだわるの?」

「こだわって当然だろぉ?」

「何で?!分かんないよ!血出して痛い思いして、それより大事なことには思えない。」

「校内最強になんなくちゃなんねぇからなぁ」

「何で?!十分強いじゃん、今のままじゃ駄目なの?!」

「…何でもねぇ。てめぇに分かってもらおうたぁ思ってねぇ」





 ふいっ、と顔を背けてしまったスクアーロ君。私だって理由が知りたいわけじゃない。どんな理由があったとしても嫌なものは嫌なんだ。

 それと同じように、スクアーロ君も何を言われても強くなりたいのかもしれないけど。





「スクアーロ君、もう怪我しないで。痛いから。」

「こん位平気だぁ」

「私が平気じゃない。スクアーロ君が怪我してるの見れば私が痛いの。」

「訳わかんねぇ」

「スクアーロ君の言ってることより分かりやすいよ。」

「約束はできねぇ。戦ってりゃ避けらんねぇこともある。」

「じゃあ戦わないで。」

「何言ってやがる、無理に決まってんだろぉ」

「…じゃあ、勝負しようよ」

「…急にどうしたぁ?戦うなって言った次は戦えだぁ?」

「受けないの?スクアーロ君、負けるのが怖いの?」

「誰が!てめぇにも分かってんだろぉ、俺が勝つことくらい。」

「分かんないよ…拳や剣を交えるわけじゃないから」

「は?」




 意味が分からないというように口を開けるスクアーロ君。スクアーロ君にとっての『勝負』は、喧嘩しかないんもんね。

 一つ、考えがあった。言うことを聞いてくれないスクアーロ君も、『勝負』って言えば耳を傾けてくれるかもしれない。負けず嫌いだから。わざわざ気を立たせるような口を聞いたのもそういう理由があったからで。




「これから、先に怪我した方が負け。負けた方は勝った方にジュース一本奢る。それでどう?」

「…怪我しなきゃいいんだなぁ?」

「うん、簡単でしょ?それともスクアーロ君には出来ない?」

「わぁったよ!やりゃあいいんだろぉ!…くそっ」





 あ、スクアーロ君、意外と乗せやすい。…じゃなくて。

 これでしばらくはスクアーロ君も安全かな。そう思うと、なんだかとてもほっとした。触って確かめると、おでこの皺もなくなっていた。





「ふははは、良い子良い子。じゃあ、今日は私が看病してあげるよ。」

「だから大したことねぇっつってんだろぉ、つーかてめぇの看病が悪化要因にしかなんねぇのは学習済みだぁ。」

「どっちにしろ先生に言われてるから、ここにいるけどね」

「…っけ」


















「…俺、帰っていい?」

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