Long Love

□睡眠薬、涙
1ページ/1ページ





 それからも、「来んな!」なんて言われながらもほぼ毎日スクアーロ君のお見舞いに行った。スクアーロ君が元気な割に入院は長引き、もう2週間だ。スクアーロ君によるとこれは一種の謹慎らしい。ある程度のいざこざは見逃してくれるうちの学校でも、流石に30人に重軽傷を負わせれば罰則が出るらしい。この際どちらが発端かは関係ないらしい。らしいらしいと言うのは、これが全部スクアーロ君の推測だからだ。






「いつになったら謹慎解けるかなぁ」

「さぁなぁ。」






 ひとしきり今日学校であった事を話し終わってから、思い出したように尋ねてみた。本当はずーっと気になってたことなんだけど。

 最近、スクアーロ君がいない教室が当たり前になりつつある。プリントを回す時も、名簿順でテストを返す時も、授業のグループワークでも…。誰もその空白に疑問を持たなくなっている。逆に、この病室にスクアーロ君がいることが自然なことのように感じられて。違和感がなくなっていくことが物凄く違和感。






「このままクラス替えまで行っちゃったら寂しいな…」

「縁起でもねぇこと言うんじゃねぇ。いくらなんでもそれはねぇだろぉ。一応授業もあるしなぁ。受けなくても問題ねぇがよぉ」

「こっちは大問題だよ!スクアーロ君いないと…」

「?」

「面白くないでしょ!」

「…どうでもよすぎて反応に困る」

「わかんないかなー、私にとって『面白くない』ってことは世界で4番目くらいに大事なことなの!それがスクアーロ君に妨げられてるの!!」

「何だよ4番目って。大したことねぇな。」

「ちなみに1〜3は模索中。」

「聞いてねぇよ」







 早くスクアーロ君の謹慎がとければいい。そうしたら、世界はまた前みたいに面白くなる。少なくとも私の世界は面白くなる。




 スクアーロ君が戻ってくれれば。




 それが、その時の私の『面白い世界』の必要絶対条件だった。










 * * *






 寮へ戻るときには日が暮れかけていて、オレンジ色の道を一人で歩いていた。マフィア関係者の通う学校だから街からは少し離れている。敷地内に入ってからも私有地の森が結構広い。

 小さい頃は、真っ赤な夕日はあまり好きではなかった。死ぬ間際になってもまだ死にたくないと駄々をこねる屍のなりかけ。血の色。そんな印象を抱いていた。歪に伸びる濃い自分の影も、いつ襲ってくるかわからない化け物のように感じられた。

 でも今は嫌いじゃないし、寧ろ好きだ。きっぱりとした自己主張を持った、流されない強い色。それが死にかけかどうかっていうのは関係なくて、ただその瞬間に強いか強くないか。それだけなんだ。影だってただ長いわけじゃない。背伸びして背伸びして、やっとあの長さなんだ。

 急にカバンの中で携帯が鳴って、一人でびっくりした。ほぼ完全な無音の世界だったから、くぐもった音がやけに響いた。これは寮暮らしが決まった時に親に買い与えられたもので、最近までは机の上に放置していたものだ。写メの魅力に気がつかなければ今でも寮の机の上に置きっぱなしだったかもしれない。

 メールだろうと思ってのんびりカバンの中を探していたけど、中々鳴りやまない。…電話?丁度教科書の底から発掘した時に鳴りやんだ。発信元…お母さんからだ。何の用だろう。着信履歴からかけ直すことにした。






『もしもし?』

「あ、お母さん?さっきの電話何?」






 久しぶりに聞いたお母さんの声。今ではなんとも思わないけど、寮に来た当初は電話越しのお母さんの声だけが懐かしい家や家族を思い出させてくれる貴重なものだった。

 




『うん、もう先生から聞いてるかもしれないんだけど、』

「?」

『次の交換留学に参加することになってるから、荷造りしておいてね』

「お母さんが?」

『あなたに決まってるでしょ、留学なんだから。』

「いつ?どこ?っていうか何の話?!」

『ほら、前に「留学面白そー行きたいー」って言ってたでしょ?お父さんからも許可が出たから行かせてあげようと思って』





 そう言えば、この前の長期休暇で一時帰省した時にそんなことを言った記憶がある。帰省祝いのちょっと豪華な晩御飯を食べながら言ったんだっけ。許してもらえなかったけど。すっかり忘れてた。





「へぇ…で、いつ?その前にどこ?」

『来週からジャッポ―ネに、今年度いっぱい』









「…ぇぇぇぇぇえええええええええええ????!!!!」






『あ、上司来た…切るね、ばいばい』

「え、ちょ、[ぷっ、ツーッツーッツー…]おかあさぁぁああああん!!!!」 





 お母さん…いくらなんでも急過ぎるよ…。

 交換留学、って聞いた時はわくわくした。だって前から行きたかったんだし、なにより面白そうだし。でも来週から、しかも今年度いっぱいなんて。事実上、今のクラスのみんなとはお別れになってしまう。帰ってくるのはもうクラス替えも済んでいる頃。

 みんなと離れ離れになっても、世界って面白いのかなぁ。わかんないや。

 スクアーロ君ともお別れか。






 つまんない。 





 オレンジ色の空はいつの間にか薄墨色に落ち着いていた。すっかり見えなくなった私の影は、きっと私の後ろの方に伸びているんだ。

 寮、帰りたくないな…。









 * * *








 次の日は朝から大忙しだった。私が留学するということはいつの間にか噂になっていて、休み時間の間はほとんどずっと質問攻めにされていた。とはいっても、私だって詳しいことは分からないからほとんどは『ジャッポ―ネ』についてのイメージを交換し合っていただけなんだけど。

 昼休みにはそれから解放されたけど、なにも面白くない。先生に呼び出されて手続きや今後の予定について聞かされたりしただけだ。留学する本人より周りの方が詳しい、っていうのはどんなもんかと思う。

 その日はなにも面白いことがなかった。いつも通りスクアーロ君のお見舞いに行こうかと思ったけど、止めた。だって、行ったら留学の話をせざるを得なくなる。話そうが話すまいが行かなきゃいけないことに変わりは無い。でも、言ってしまったらお別れが決定事項になってしまう気がして。もう、決定事項なのに。

 何となく自分の部屋に帰って、何となく荷物をまとめてみた。今週中は授業もあるし、片付けられないものの方が多かった。憂鬱な気分で、今日は一個しか埋まらなかった段ボールを眺める。これから一週間のうちに、この部屋中の全てのものが段ボールに収まって、ここから無くなるんだ。私と一緒に。

 ごろんと体をベッドに投げる。大して疲れているわけじゃない。今日は何をするにも一生懸命になれなかった。おかげで体力は余りまくり。なのになんでかぐったりしているのはきっと気持ちが疲れてるんだ。








 前向きに考えよう。留学だよ?ジャッポ―ネだよ?面白くないわけ無いんだ。ほら、大好きな「面白いこと」だよ。喜んで、はしゃいでよ?

 少しでも気が紛れればいいと思って、図書室で借りてきたジャッポ―ネの本を読んでみた。面白い国。でも、ここにはいないんだ。面白い人、つまり…。

 本も、面白いけど面白くない。頭に入ってこない。眠いのかな、と思って目を閉じてみるけど、頭の中がぐるぐるして全然寝付けない。眠いわけじゃないらしい。結論の無い思考の渦を堰き止めたくて、電気も消して布団もかぶってみた。

 …もう、何をやっても駄目だ。こういう時は無理に寝ようとすると却って目が冴えてしまうものだ。そしたらまた暗くなってしまうに違いない。 

 思えば、来年には戻ってくるとは言えこの部屋で過ごすのもあと1週間。寝て過ごすのは勿体無いことなんだ。それなりに思い入れも思い出もある。慣れてきた目で部屋を見渡す。段ボールの積まれた一角だけがやけによそよそしい…そっちを見るんじゃなくて!

 無理矢理逸らした目は、床の上を滑って…




 あ、月。




 カーテンの狭い隙間を縫った月明かりが、床にくっきりと筋を作っていた。カーテンに手を伸ばして引く。ついでに窓と、虫除けの網戸も開く。

 明日は、晴れに違いない。だって夜空がこんなに明るいんだから。

 いつもよりたくさんあるように見える星。これを『網』と表現した人は、本当に上手な言葉を見つけたと思う。

 満月でも無いくせに煌々と光ってる月。本当に自信満々なんだから。誰かさんみたいだよ。

 月の白銀の光が、一瞬跳ねた銀髪に重なる。一回重なってしまえば、もうあの月はスクアーロ君にしか見えない。

 月は、いつでも地球に同じ面を向けて回ってる。だから地球上だったらどこにいようと同じ月を眺められる。でも、ジャッポ―ネで月を眺めている間、イタリアは真昼間なんだ。





 遠いよ。遠すぎて届かないよ。




 空が滲んだ。どうしたのかと思ったら、ポロっと涙が零れていた。寂しいんだ。

 お日さまの下で泣くのは変。でも、月明かりの下だと、凄く自然なことのような気がする。泣くのを許してもらえるような気がするから。

 ベッドの上に乗ったまま顎を窓枠に乗せるようにして空を眺める。初めてここに来た夜もこんな風に空を眺めた気がする。確かあの時は雨が降っていて、ベッドがぐしょぐしょになったんだっけ。

 …うん、何となく大丈夫な気がしてきた。あのときだってすっごく不安だった。寂しかった。でも、今はこうやって毎日楽しく暮らしてる。ここから離れたくないって思える位に。今度だってきっと慣れる。

 泣くのは意外と疲れる。勝手に流れてくる癖に私を疲れさせる。自分勝手なんだ、涙って。でも、今はそれがありがたい…ちゃんと眠れる…気がす…る…

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ