Long Love

□別れはオールして
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 それからの一週間は、ともかく時間がなかった。手続き、授業、手続き…空いた時間にはクラスメートと別れを惜しんで。その間に何回か「面白い」喧嘩があったらしいけど、一回も行けなかった。いいよね、どうせスクアーロ君はまだ謹慎中でいるわけ無いんだし。

 帰ってからも荷造りや処分、お世話になった部屋の掃除に…。顔を出してくれた友達もいて、話しこんでいたら時間が飛ぶように過ぎていた。

 そうして夜になれば、毎日スクアーロ君が来てくれた。これからいなくなるからと言って、特別変わった話をするわけではなく、今まで病室でそうしてきたように私が学校の話、スクアーロ君が今まで戦った相手のことを話してくれた。

 時折ジャッポ―ネの話も出た。





「ジャッポ―ネの剣は『刀』っつーんだぜぇ」

「『刀』?あの鉄の板でお星さまみたいな形したひゅんひゅん投げる奴?」

「それは『手裏剣』だぁ!『刀』ってのはもっと剣に近い奴だぁ。」

「それって『サムライ』が振り回してる奴?あれって剣じゃないの?」

「微妙に違いがあんだぁ。俺は、いつか刀使いとも戦ってみてぇと思ってる。勿論勝って、自分の剣技をもっと強くする為になぁ」

「じゃあ、私がジャッポ―ネにいる間に来ればいいよ!街を案内したげる」

「観光に行くわけじゃねぇけどなぁ」

「へへっ、そしたらスクアーロ君対刀使いの戦いも見れちゃうね!面白そうー!」

「この前喧嘩すんなっつって無かったかぁ?」

「怪我しなければいいの!!」











 そんな風に毎日が飛び去って行った。教科書やノートも少しずつ段ボールに収まり始め、出発の2日前には随分部屋が殺風景になっていて、自分の部屋じゃないみたいだった。もう明日の授業の道具といくつかの生活用品くらいしか箱の外に置かれていない。

 明日は、クラスでお別れ会を開いてくれるらしい。放課後にも街に遊びに行くことになっている。イタリア出発前の、最後の思い出づくりだ。

 街に出るってことは、帰りに病院にも寄れそうだ。もう荷造りも大概終わってるし、面会時間ぎりぎりまでいられるな…。スクアーロ君が出て行って一人になった部屋で、一人そう思った。










 * * *








 実際、お別れ前にこうして遊べるのはとても嬉しい。留学が決まってから暫くすると話すことも尽きてしまい、なんとなく気まずい雰囲気になっていたから。

 クラスの女子のほぼ全員が集まってくれて、カラオケやゲームセンターなど、普段私があまり行かないような所に連れて行ってもらった。たくさん撮ったプリクラは大切な思い出だ。大事にとっておこう。

 しんみりした空気になったら嫌だな、と思っていたけど、全然そんなことは無かった。みんなで思いっきり遊んで、なにも考えないで別れた。もっと、こんな風に遊んでおけばよかったな。




 みんなと一緒に寮には帰らずに、病院に寄った。

 でも、スクアーロ君はいなかった。

 名前のプレートの外された病室の前に立ち尽くしていると、「先程退院されましたよ」と可愛い看護婦さんが教えてくれた。すれ違いになっちゃったか…でも、退院したんだったらいいことじゃないか!最後に一緒に授業に出ることはできなかったけど、やっと謹慎がとけたんだね。

 看護婦さんにお礼を言って、まっすぐ寮に戻った。
















 寮の入り口で、大きな荷物を抱えたクラスメートの子を見かけた。




「手伝おうか?」

「ありがと…ってもう帰ってきたの?!」

「うん。あれ?なんか不味かった?」

「…あと5分くらいここで待ってて。」

「…うん?」





 ぱたぱたと寮へ駆けて行く彼女には、あの荷物は大きすぎる気がする。やっぱり手伝うべきだったのかな…でも待っててっていわれちゃったしな…

 それから10分くらいして、さっきの子が走って出てきた。






「お待たせ!ごめんねー、外で待たせちゃって…。ついてきて!」

「うん!」




 促されるままに後をついていく。連れられたのは私の部屋…の近くのその子の部屋だった。




「どうぞ、お入りください」




 にっこりと言われ、扉を引く…





 ぱぱぱぱぱぁぁぁぁん!!





 軽くて、明るい音に体が硬直した。壁に貼られた横断幕が、ここがなんの場所なのかを正確に表していた。

 そこは、私の為のお別れ会の会場だった。







 ちょっと、泣きそうになった。







 * * *





 パーティは、寮母さんが「何時だと思ってるの!!!」と怒鳴りこんでくるまで続いた。これでも明日いなくなる私に気を使ってくれたのだろう、普段だったら後一時間は前に怒られていた筈だ。

 今日はここに泊って行かない?と聞いてくれたけど、断った。自分の部屋で過ごす最後の夜だから。それに、もしかしたらスクアーロ君も来てくれるかもしれない。もう退院してるから、夜中じゃなくても来られるんだけど。





 ドアを開けた瞬間、冷たい風が前髪を攫った。

 開け放たれたカーテン、窓、月明かり…………壁に寄り掛かるようにして座っている、スクアーロ君。

 だいぶ前から待っててくれたんだろう、そのままの体勢で眠っていた。

 しゃがみこんで、顔を同じ高さまで下して眺める。スクアーロ君が寝てるのを見るのは、これで二回目だ。前は柔らかい日差しの中で、今は怖いくらい綺麗な月の下で。色を失くしたように見えるのに、キラキラして見えるのはなんでだろう。部屋の隅で小さくなっているスクアーロ君は、人の手が届かないくらい高い所にある、何か神聖なものみたいだ。

 もしかして、スクアーロ君って月光でできているのかもしれない。神様がお月さまの光を両手で掬って、さらさらしたそれに息を吹きかけて。そうやってスクアーロ君は出来たんだ。

 見つめられていることが分かったのだろうか。スクアーロ君は何の前触れもなしにぱちりと目を見開いた。




「来てくれたんだ」

「遅ぇよ」

「ごめん」

「謝んな」

「ありがとう」




 満足そうに笑ってスクアーロ君は立ちあがった。急に立つから、真ん前にしゃがんでいた私は尻もちをついていまった。見上げると、光の加減でスクアーロ君の顔は半分しか見えなかった。月を真横から見たらこんな感じだろうか。くっきりと陰を刻まれたスクアーロ君は違う人みたいだった。魔法、みたい。





「明日、かぁ」

「明日だね」

「…割と平気そうじゃねぇかぁ。心配してやって損したぜぇ」

「心配してくれたんだ」

「してねぇ」

「墓穴掘ったよ?」




 けっ、とそっぽを向いてしまったスクアーロ君。お陰でスクアーロ君にかかっていた月の魔法は解けてしまった。うん、いつものスクアーロ君。

 私も立ちあがって、スクアーロ君と肩を並べる。こうして立っても見上げてることに変わりは無い、けど、ずっと近づいた。

 最後の日だからと言って、悲しんだりはしない。変な記憶は作りたくない。笑って別れたいとまでは思わないけど。だから、





「あのね!今日はクラスでお別れ会やってくれたんだよ!」

「やるだろうなぁ」

「そんでね、椅子取りゲームしたんだけど、主役の私が一回目で負けちゃって。」

「…情けねぇなおい」





 いつも通り、『面白い』時間を過ごそう。






「え?!四刀流?!3本目と4本目はどこに持ってたの?!」

「それがよぉ、あいつブーツのつま先に仕込んでやがって」

「マジで?!切れ味鈍りそうだね、足の方。」

「あぁ、あんなもんで切りつけられたら傷口がひでぇことになるなぁ。当たんなかったけどよ」

「さっすがー」





 今日は見回りの看護婦さんもいない。明日は備えるべき授業もない。スクアーロ君は入院中はずっと寝てたから暫くはベッドなんか見たくもない、と言った。言いながらベッドに腰掛けられても説得力は無いけど。






 一晩中寝ないことを「オールする」と言う。英語で言う所の「sit up」。あ、でも仕事したりしてたわけじゃないから、「stay up」にあたるのかな?ともかく、私たちは最後の夜を、最後の夜明けまで「オール」して過ごした。








 電気なんかつけないで話していたから、空が明るくなったのがよくわかった。夜から朝へ、その微妙な時間帯。空には星があって雲があって月もあって、淡い白と水色、群青が同居してて、その癖に酷く静かで。






「あ、お日様…」





 もう十分明るかったのに、朝日が差し込むだけで一気に「朝」になる。

 今日、私はイタリアを発つ。

 空港から飛行機が飛び立つ頃、スクアーロ君たちは授業の真っ最中。

 もう、お別れだ。 






「スクアーロ君、ありがとう。」

「もう何回も聞いたぜぇ」

「違うの、これは今まで全部の分のありがとうの総まとめ。」

「感謝される覚えはねぇけどなぁ」

「覚えがないんだったら、スクアーロ君は無自覚で無意識のうちに優しい本物のお人好しで良い人だね」

「どういう意味だぁ!!」

「つまりね、スクアーロ君はすっごくいい人なんだよ。」





 そんなの、だいぶ前から知ってたけどね。知ってるからバイバイするのが嫌なんだけど、でもやっぱりバイバイだ。

 さっきまでくるくるとよく働いて思いを伝えてくれた口も、これは言いたくないらしい。でも言わないといけないんだ。開きたがらない口をこじ開けて告げる。元気な声の筈が、口と喉のちょっとした反抗のつもりか、声は掠れていた。




「スクアーロ君、じゃあね!今日は学校には行かないからこれでお別れだけど、私は向こうでも頑張るから心配しないで!」

「誰がてめぇなんざ心配するかよ」

「え、さっきは心配してくれたじゃん!?」

「してねぇ!」





 そう言いながら、スクアーロ君の目は優しい。





 ひら、と身軽に窓枠に飛び乗ったスクアーロ君は、いつも通りのスクアーロ君。飛び下りる間際に、じゃあなぁ、しっかりやれよぉ!と言って、すぐさま下に落ちて行った。窓辺に駆け寄って窓の外を見ても、やっぱり今日もスクアーロ君は見えない。足が速いんだから、本当に。















 ばいばい、素敵な友達、初恋の人。





 ありがとう、優しい人。





 私は遠い土地でちょっと頑張ってきます。

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