Long Love

□果たせずに
1ページ/1ページ




 * * *





 半年って長いのだろうか、短いのだろうか。

 ジャッポ―ネで半年、年度いっぱいを過ごしてみたけど、長いのか短いのかはよく分からない。

 どんな半年だったかと聞かれれば、私は迷いなく「面白い半年だった」と答えるに違いない。初めて触れる文化、人、エトセトラエトセトラ。いくらグローバルな社会になっても国が違えば生活の様相は一変する。

 イタリアに暮らしていては多分一生学べなかったことも沢山吸収できたと思う。一々挙げるようなことはしないけど、本当にたくさん。

 目まぐるしい生活に寂しさなんて感じる時間は滅多になかったけど、それでもふとした瞬間にイタリアを思い出すことはあった。辛くもないのに無性に帰りたくなる時が。

 そんな時励ましてくれたのは、意外…でもないけどスクアーロ君だった。

 悩みの相談なんかはしなかった。ただ、お互いの毎日のことをメールでやり取りして、他愛もない話をして。そんなスクアーロ君に、ある意味私は頼り切っていた。スクアーロ君のことだから、一々ボタンを何回も押さなきゃいけないメールは煩わしかったはずだ。

 それでも、イタリアの学校で行事があると言ってはメールをし、今日はオリオンが見えると言ってはメールし、学校でインフルエンザが流行ったと言えばメールをし。思えば、これらはすべて恋する乙女のなせる業。そうでなければ、私がそんな面倒なことするものか。

 おまけに、あんまりスクアーロ君が楽しそうに剣のことを話すから、とうとう私まで剣を握ってしまった。正確には刀を。これは末期としか言いようがない。

 この半年、結局一回もスクアーロ君に会うことは無かった。イタリアに帰れなかったから。でも、その空白のおかげかもしれないけど…

 漸く私は、スクアーロ君に恋してるんだな、ってことをはっきりと自覚した。人に言われたからではなく自分で。進歩…と言えるかは分からないけど。







 揺れぎみの機内で、再び手元の本に目を落とす。

 半年を経て、私は後2時間ほどでイタリアの土を踏む。

 明日だなぁ?間違いなく明日帰ってくんだなぁ?間違ってたらただじゃすまさねぇぞぉ!!と何度も確かめてきたスクアーロ君を思い出して少し頬が緩む。

 そうだよ、あともう少し。

 待っててくれなくてもいいけど、早く会いたいな。いつもみたいに不敵な笑みを浮かべて。

 もう一段階緩んだ頬を引き締め、目の前の文章に意識を戻す。こんな本読みながらにやけてたらただの危ない人だ。『剣技系統別解説書〜東洋編〜』。これもスクアーロ君に薦められた、と言ったらみんなは笑うのだろうか?






 隣の席のお姉さんが席を立った、その時だった。

 ガクン、と機体が下降し、一瞬の無重力感を味わう。転びかけたお姉さんに手を貸しながら、流れる機内アナウンスに耳を傾ける。



「只今、乱気流の影響で予定していた空港に着陸することが大変困難な状況です。当機は、」



 続くアナウンスを聞きながら考えていたのは、どうやら今日中には帰れそうにないな、と言うこと。スクアーロ君ごめん、あんなに念を押されたのに今日はダメみたいだ。機内じゃ携帯も使えないし、連絡もできない。









 この飛行機はあと数時間上空を旋回して様子を見て、下りられないようならば別の空港に着陸するらしい。イタリア語のアナウンスの後、英語で同じことを繰り返していた。
















 * * *








 暫く揺れの続く中旋回していた飛行機だったが、結局着陸をあきらめ、近場の空港へ舵を切った。近場と言っても空港間の距離だ、それほど近い筈がない。おまけに付いた先の空港の滑走路に空きが出るまでの待機。上客はみな一様に疲れ切った顔をしていた。

 飛行機から降りて、まず真っ先に携帯の電源を入れた。問い合わせをすると、一通メールが入っていた。



『どうした、何かあったのかぁ?』



 スクアーロ君だ。受信時間を見ると、丁度私が着陸する予定だった時間ごろ。もしかして、迎えに来てくれたのだろうか?だとすれば、向こうの空港でもこの飛行機が着陸できなかったことは知らされているだろう。それでも、返信しなくちゃ。




『ごめん、乱気流が出て今別の空港にいる。電車とバスで行くから今日中には学校に帰れなそう(・ω・`)』




 送信し終えてから、ぱたむ、と携帯をたたんだ。ここからだと、どうすれば一番早く辿り着けるかな。あまり使ったことの無い路線図やらバスの運行表を眺めながら考えた。

 そう言えば、今日は通常授業の日の筈だ。スクアーロ君…またさぼったのかな。

 帰ったら、あのさぼり癖を何とかしよう。






 同じくバスや電車を探す乗客に紛れて、少ない手荷物をきゅっと握った。







 * * *










 バスや電車を乗り継ぎ、最終的にはタクシーにも頼って、やっと私は学校の近くの街まで辿り着いた。

 揺れる車中で眠ったため、あまり体調は良くない。でも、帰ってきたんだー!!って思うとそんなのはへっちゃらな気がしてきた。隈や血色だけが健康のバロメーターではない。要は気の持ちようなのだ。

 ここから先は歩いて学校まで向かう。両親には「一回家に顔出してくれてもいいのよ」みたいなことを言われたけど、強制じゃないから帰らない。先に、友達の顔が見たい。パパン、ママン親不孝な娘でごめん、ちゃんと学期前の春休みのうちには帰るから。

 まだ早朝の為、ほとんど人は出歩いていない。静かな町を半ば駆けるようにして歩く。

 敷地内に入ってからも長い道のりを、とうとう本格的に走り出す。

 肩から下げたカバンが跳ねて背中やら腕やらに当たるけど、構いはしない。

 早く、早く!!





 寝不足のせいで鈍った感覚器官と自分の呼吸音のせいで、道の向こうから車が走ってきたのに気がつかなかった。

 あまり広くは無い道いっぱいに広がる、黒塗りの大きな車。この学校では珍しくは無い。…にしても、本当に大きな車。これは、そこらへんの弱小ファミリーのボンボンなんかじゃ乗れない車だな。道を開けるために茂みに足を突っ込む。

 車はほとんど走行音を立てずに通り過ぎた。

 どこのファミリーかな。遠ざかっていく車の後ろにひっついているエンブレムを、目を凝らして見つけ出した。





 黒地に、踊り上がる白抜きの獅子。




 どこかで見たことがある。どこだ、どこで。





 …こんなことしてる場合じゃないか。早くみんなに会いたい。妙にその紋章に引っかかりながら、私は再び走り出した。







 * * *







 ほんの少し期待しながら、私はひっそりと自分の部屋の部屋へ入った。何を、って、どこかの銀髪君が待っていてくれるんじゃないかって。

 でも懐かしい部屋は、カーテンと窓は閉ざされていて、長らく人が入っていないことを示す独特のにおいがするだけで。

 当たり前か、私がいつ到着するかなんて、私自身分かって無かったし。第一、この部屋の鍵は閉まってたんだ。

 苦笑しつつカーテンと窓を開け放つ。一気に部屋に流れ込む新鮮な光と空気が沁みた。





 そうだ、教室行く時はスクアーロ君を迎えに行こう。私がいない間にサボり癖がついてるかもしれないし、起こしてあげよう。




 少し埃っぽい布団に転がり、短い仮眠をとることにした。




















 男子寮を訪れた私がスクアーロ君の不在を知るのは、それからほんの1時間後のことだった。





 事務のお兄さんが教えてくれた。

 スクアーロ君は剣帝の「テュール」という人を倒して、そのテュールがボスを務めていた独立暗殺部隊にスカウトされていたらしい。そして、スクアーロ君が中退することに決まったのが数週間前。スクアーロ君がここを引き払ったのはつい数時間前。

 それから、とお兄さんが付け加える。

 早く入隊するように言われていたのを、昨日まで延ばしていたのはスクアーロ君。さらにその予定を延ばして、スクアーロ君は今朝までここにいたというのだ。







 大丈夫?とお兄さんが聞いてくれたけど、答えられなかった。

 胃袋の上の方がぽっかりなくなったような、そんな感じ。

 きっとこれを、「喪失感」って言うんだ。

 







 部屋に戻った私は、出校時間ぎりぎりまでベッドに蹲っていた。

 スクアーロ君が何回も日付を確認した理由が、やっとわかった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ