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□初めから0
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こんなに難度の低い任務、いつ以来だろう。こんな任務、駆け出しの半人前スナイパーだってしくじりはしない。そして今照準を合わせている私は無く子も黙るヴァリアーの遠距離射撃のエース。
スコープの十字は、既に標的の眉間の上。後は引き金を引くだけで、私の最後の任務は終わる。その瞬間私はヴァリアー幹部候補生という立場を失って、代わりに手に入れるのは…何なんだろう。
ああ、綺麗な額。スコープを覗きながら呟く。スナイプの前に標的の額を観察するのは偏った嗜好故ではなく、それ以外の雑念を振り払う一種の暗示のようなものだ。うん、女性らしい、整った眉毛だ。
いつまでこうやっているつもりだ。そろそろ撃てよ。目の周りに食い込むスコープの縁、いい加減痛いんじゃない?
簡単な筈のスナイプを実行しないまま、頬を嫌な汗が伝っていく。数度腹式呼吸。目が乾いているような気がしてぎゅっと目を閉じる。こんなの時間稼ぎにもなりゃしない。
さっさと撃てよ、ヴァリアー幹部候補生さん。ラストスナイプの時間だ。
もう、覚悟は決めたんだ。気がつけば頬に浮かんでいた満面の笑み。
引き金は、瞼を降ろして引いた。
* * *
様々な音が同時多発的に炸裂した。ガラスの割れる音、銃声、壁の抉れる音。
「何?!何が起こったの?!」
美しい女性が、半狂乱になりながら叫んだ。銃声にパニックに陥った女性とは対照的に、ヴァリアーのトップ、ザンザスは全く反応しない。その目は銃弾が抉った壁…その数センチ手前で無残に撃ち抜かれた写真立を捕らえていた。
シンプルな木彫のフレーム、陽光煌めくどこか森の中で取られた写真、無表情なザンザスとその隣で微笑む女性…
弾丸に抉られた写真の女性は、今ザンザスの横で怯えている女性ではなく、
引き金を引いた、たった今ヴァリアー幹部候補生の立場を放棄した女、その人だった。
「…チッ。」
「ねぇ!!ザンザス、一体どうなっ…きゃあ!」
「るせぇ!」
纏わりつく女をあっさりと払いのけ、ザンザスは割れた窓に目を向けた。こちらからは何も見えないが、スコープを覗く向こうには見えているだろうと。
見損なった
口の形だけで伝えれば、再び銃声。今度は机上のペン立が吹き飛んだ。残骸の中には、出来たてのインクの染みをくっつけた便箋が一枚。
読み終えたザンザスは、狂ったように声をあげて笑い始めた。窓辺まで歩み寄り、翳した手紙を憤怒の炎で焼き尽くした。
今度会ったら、ぶっ殺す
返事は無かった。ただ、上等だ、と笑う女の顔だけが瞼の裏に浮かび、暫くは消えないような気がした。そこに涙のオプションまで付けた自分の浅はかさを、ザンザスは再び高く笑った。
この任務遂行したら娶ってやるなんて、ボスにしては随分とお優しい提案蹴ってごめんねー?
悪いね、ボスの愛人撃ち殺せるほどボスのこと好きじゃなかったみたい。
それ位自分で片つけろよアルコール廃人が。
私、キャバッローネかどっか楽しそうなファミリーに入れてもらうから。
じゃあね、ボス。
たぶん、きっと愛してたよ。
恐らく、ボスが私にそうしてくれたのと同じくらいには。
さようなら。
読み返そうにも、手紙は無い。但し読み返す気もない。
それでも翌日届いた差出人不明の手紙を、上等だ、と殴り書かれただけのものにも関わらず、ザンザスは燃やすことが出来なかった。
任務成功率なんて
初めから0だった