居候
□遠隔
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「う”ぉぉい、ザンザス、報告書はここに置いたぜぇ。」
「おい。」
「あ”?」
「カスが、何をそんなに焦っている。」
「…大したことじゃねぇ。俺は帰るぜぇ。」
スクアーロの上司であるザンザスはスクアーロめがけてグラスを投げつけた。部下のことを気遣うような男でもないが、スクアーロが何かに気を取られて今日の任務に身が入っていなかったことくらい分かった。それはザンザスの持つ『見透かす力』によるものと言うよりも、長年の付き合いから来るものだった。
しかしいつもならスクアーロの頭に直撃するグラスは、勢いよく閉まったドアを酒で汚しただけだった。
散らばったガラスの破片から興味を失ったように目を離すと、ザンザスは目を閉じた。
ザンザスの部屋から飛びだしたスクアーロは進路上にあるすべてのものを蹴散らすようにして廊下を駆けた。
元より仕事の早いスクアーロではあったが、今日は輪をかけて早かった。
今朝はレインとファルコをあのまま置いてきてしまった。明らかに怒っているレインと、壊れそうなファルコ。しかも、どうやらレインはファルコのことが苦手なようで。
今頃二人はどうしているのか。
スクアーロは一段と足を速めた。
家に辿り着くと、スクアーロの予想に反して中からは二人分の笑い声が聞こえてきた。
心配する必要はなかったのかもなぁ。
スクアーロはホッとして玄関をくぐった。
「帰ったぜぇ」
スクアーロが声を上げた途端、賑やかだった声はピタリとやんだ。
スクアーロは不振に思いながら出迎えを待った。
けれど、いつもならばばたばたと駆けつけてくるレインが、今日は「おかえり」さえ言わない。
痺れを切らしたスクアーロは自分から部屋に入った。
ファルコはベッドの上で体を起こし、レインはその横で足を放っていた。
スクアーロの登場に反応したのはファルコだけだった。
「おかえり、フカヒレ。」
「フカヒレじゃねぇっつってんだろぉがぁ!!」
レインはというと、ふてくされてスクアーロの方を見もしない。
「う”ぉぉい、レイン、何怒ってんだぁ。」
「お帰り。」
レインは早口でそう言って立ち上がった。
「待てぇ、どこに行く気だぁ。」
「うるさいな、トイレ行くだけ。」
スクアーロを避けて通ろうとしたレインの腕をスクアーロが引き戻した。
引き戻されたレインとスクアーロの目線がかち合う。
やがて、レインの方が目をそむけた。
「ファルコ。」
「何?」
「晩御飯はそこに置いておくから、好きな時にあっためて食べて。」
「了解、ありがと。」
ファルコが頷いたのを確認して、レインは出て行こうとした。けれど、がっちりと掴まれた腕は、振りほどこうとしてもびくともしなかった。
スクアーロが上から笑う。
「てめぇじゃ逃げらんねぇだろぉ?」
「離して。」
レインがキッとスクアーロを睨みつけた。
予想外の反応にスクアーロの手が緩む。レインは勢いよく手を引いた。
そのままドアの隙間に滑り込むと、あっという間に居なくなってしまった。
黙って見ていたファルコがスクアーロに尋ねた。
「スクアーロ、レイン追いかけなくていいの?」
「今追ったところで、何言っても聞きゃあしねぇだろぉ…」
ドアの前で立ちつくすスクアーロに、ファルコはため息をついた。
「やっぱ、馬鹿なんだね。」
「レインの奴、どうしたっていうんだぁ…」
ファルコの言葉にも反応せず、スクアーロは呟いた。
「あっそ。追いかけないんだったらご飯でも食べれば?」
「…あ”ぁ。」
スクアーロはのろのろとレインの駆けだしたドアから離れた。
テーブルの上には、既に食事が用意されていた。まだ湯気が上がっている。
一人分だけ。
一人分しか用意されていない夕食は量も少なく、食器も来客用のもの。
それは、どうみてもファルコのために用意されたものだった。
「あいつ…!!」
スクアーロは苛立ちに任せて椅子を蹴り付けた。とばっちりを受けた椅子が、虚しい音を立てて横転した。
ファルコはスクアーロに向けて言うべき言葉が見つからなかった。何を言っても、今は意味がない気もした。
ファルコ自身、スクアーロとレインについて集中しきれていない部分もあった。
レインが今朝であったという『カップル』。あの二人は、本当に…?
未だにそのことについて整理がつきかねていた。