居候
□終焉2
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レインは走った。ただ、頭の中がごちゃごちゃして、考えることを放棄したかった。
考えても解決しないなら、そんなの放棄していまえばいい。できることなら。
何にも覆われていない足はすぐに痛みだし、踵のあたりに生暖かいものを感じる。
後ろからは誰の気配もしない。
この道の上には私が一人だけ。
十字路を曲がるときに、目が後ろには居るはずもない人を探すのをを止められなかった。
「っクアー…!」
レインが目を見開く。
遥か後方だったはずの追跡者の接近に、レインの足の運びが鈍った。
対してスクアーロは一気に加速する。
二人の距離は一瞬で0になる。
手が、レインの腕に伸びる。
初めのうちこそ抵抗したレインだったが、すぐに諦めた。結果など分かりきっている。
振り返ると、長髪を乱したスクアーロが一心にレインを見つめていた。
レインの目には、スクアーロがどことなくすっきりしたように映った。それがレインの不安定な気持ちをさらに焦らせて。
「どうしてついてきたんだよ…」
どう感じていいのか、どう感じているのか分からなくて。それしか言えなくて。
「決まってんじゃねぇかぁ、俺が追いかけたくて、レインが追いかけてほしかったからだろぉ。」
「私そんなこと思ってない。」
心とは裏腹な言葉を紡いで首を振るレインに、スクアーロは微笑を浮かべた。3か月ぶりのスクアーロの笑み。
「俺も最初、レインが3カ月前に飛び出したときは自信がなかったぜぇ。もしかして、本当に俺から離れたいんじゃねぇか、ってな。」
「そのとおりだよ、だから、」
「だから、携帯持ってったんだろぉ?俺に見つけてほしかったから、わざわざ繋がるためだけの道具を。今日靴を履かなかったのだって同じ理由だぁ。」
「…それは、ただ気が動転してたから、」
「それにお前、さっき俺の方振り向いたじゃねぇかぁ。それでようやっと、確信持てたんだぁ。追われて逃げる奴の顔くらい、分かるぜぇ。レイン、てめぇは、追われて逃げてたわけじゃねぇ。…なぁ、そんな顔すんじゃねぇ。」
レインはスクアーロの顔を見た。
笑ってる。泣きそうだ。
誰が、誰がこんな顔をさせたの?
私、が?
レインは3ヶ月間張り続けた意地をかなぐり捨てた。
体をぶつけるようにスクアーロにぶつかっていく。
2本の腕が、揺らぎもせずにレインを受け止める。
「…馬鹿野郎、スクアーロは気付くのが遅いんだ…」
ぽつぽつと言うのが精一杯で。これだけ近くにいなければ絶対に聞き取れない声量で、でも実際に二人はこんなに近くに居て。
スクアーロの声が頭のすぐ上から降ってくる。
「レインが分かりにくいだけだぁ。いいじゃねぇかぁ、これでちゃんと分かったんだぜぇ?」
「…うん、そう言うことにしといてあげるよ。」
こんな軽口だって、久しぶりだ。
「あ”ぁ。他にも、言いたいことあんなら言えよぉ?もう今回みたいなのはごめんだぜぇ。」
言い返しもせずに、スクアーロが優しく言う。彼の上司、同僚が聞いたら、一体どんな顔をするだろう。
レインはスクアーロの腕の中でごしごしと目をこすった。
スクアーロを見上げた目はうっすらと赤かった。泣いていたのか、それとも今こすったせいなのか。
「分かった、じゃあ言う。
…スクアーロの馬鹿野郎、おたんこなす、すっとこどっこい、どあほう。」
「あ”ぁ?!」
「はっきりしろってんだ、私だって、ファルコだって、悩んで悩んで、どうしようもない位悩んでんだ。」
「わりぃ、話が、」
急な話の展開に置いていかれそうなスクアーロが、レインの目には少し違った風に見える。
「私はまだファルコと会ってから少ししか経ってないけど、それでもファルコに悩みがあること位分かる。笑ったって寂しそうなんだもん。それもこれも全部…スクアーロがはっきりしないのが悪い。」
ああ、それでかぁ。
ここ最近のレインの不機嫌の原因。話を聞くうちにスクアーロは少しずつ理解し始めた。そうなると、不機嫌な時の自分のように眉根に皺を寄せるレインも、可愛く見えて仕方がない。スクアーロは、ついに頬が緩むのを抑えきれなくなった。
レインにしてみれば、そんなスクアーロは不真面目にしか見えないのだが。
「何がおかしいの?私真剣に、」
「あ”ぁ、そういうことかぁ。じゃあ今まで、ずっと妬いてたのかぁ?」
レインは、掴まれていない空いている方の手でスクアーロを強打した。
「笑う所じゃないでしょ!そうだよ、嫉妬してたの、それでずーっと悩んでたの!!笑いたきゃ笑え!!」
「ククッ、矛盾してんぞぉ?それよりレイン、お前何か勘違いしてんだろぉ?」
「…は?」
「確かにファルコは真剣に悩んでる。だが、俺は無関係だぁ。俺にとってファルコが大切なことも本当だが、お前が考えてるような意味じゃねぇ。なんつーか…」
スクアーロが言葉に詰まる。レインは不安そうに見上げた。
「あー…ファルコ女としての分類じゃねーんだぁ…昔色々あってなぁ…」
「えっ?!色々?」
「頼む、それは聞くなぁ…ガキの頃の話だし、俺の男としての、いや寧ろ人間としてのプライドにかかわる。」
レインはスクアーロが話終わっても、見上げて続けていた。
ふ、と目を落とす。
「…ごめんスクアーロ。私、一人で勘違いして勝手にスクアーロに当たってたみたいだね、全部…」
「気にしてんじゃねぇ。」
レインの顔が跳ねあがる。
「そういうもんだろぉ?最初から全部言いたいことも考えてっことも分かっちまったら、一緒に居る意味ねぇだろぉ。」
レインが再び首を落とした。今度は、良く見ると小刻みに肩が震えている。
泣いているのか…?
「レイン…」
「ぷ、ふふふ…」
「あ”…?」
「ふ、ハハハハハッ!」
「何笑ってんだぁ!」
「ハハハ、うん、スクアーロがそんなこと言うとは思わなくて、つい…へへ…。」
「な”っ、俺だって気にしてんだぁ、蒸し返すんじゃねぇ!!」
「いいじゃん、嬉しかったもん。」
「…そうかぁ。」
「…帰ろうか。」
「お”う。もう嫉妬すんなとは言わねぇが、そんときは俺に言えよぉ?」
「うん、覚えてたらね。」
「…普通忘れねぇだろぉ…」