あるヘンゼルとグレーテルと、

□背負う紅蓮と、
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 大丈夫、大丈夫。

 繰り返せばそれだけ不安にさせてしまうことを知りながら、兄は妹に繰り返します。






「心配すんな、なんとかしてやっから」

「うん。王子だから?」

「後、兄貴だからな。」






 極めて穏やかな声に、妹は違和感を感じます。

 変なの。お兄ちゃんがとんでない。

 でも、自分を安心させようとしてくれていることは分かります。だから足が痛くてもお腹がすいても寒くても文句は言いません。





 一方、兄はこの後の身の振り方について必死に考えています。どんなに優れた天才でも、十分な情報がなければ最良の判断はできません。彼の手元にある情報と言えば、


















 自分たちの家が燃やされたということと、

 誰かに追われているということ。














 実際、二人は道しるべの無いまま殆ど正確に自分たちの家の方へ向かっていたのです。

 けれど、帰ることは叶わなかった。

 これまで暮らしてきた家が崩れ落ちる音とともに聞こえた声。






『どうだ、中は』

『…チッ、肝心のガキどもはいねぇ』

『は?!どういうことだ?!』

『知るかよ!』

『ったく…探しに行く手間かけさせやがって』

『ガキの考えることだ。どうせ街にでも繰り出してんだろ』

『そうだろうが…悟られて逃がされたってことは?』

『ないだろう。』

『だよな』









 これで、もう街には出られない。追われているうちはまだ森の中の方が安全だ。まさか子供がたった二人でこの森の中にいるとは考えないだろう…。思えば、あの時俺たちを置いてったあいつらは、こうなることを知っていたのかもしれない。

 さあ、どうするか。













 考え込んでいた兄は、地面に描かれた不思議な文様に気がつきませんでした。自分が踏んだ時、それが淡く発光したことにも。勿論、妹も気付きません。

 その文様を貫く長い線がゆるりと描く、大きな大きな円の内側。兄妹は気がつかないうちにその中へ入って行きます。

 二人が遠ざかって少し経つと、文様の輝きは薄れ、やがて元のように静まり返るのでした。









 歩くうちに、兄妹は生えている木の葉の形が、今までとは変わり始めたことに気がつきました。歪だった葉の形は、進むにつれて徐々に整った葉っぱらしい葉っぱの形になって行きました。

 また、変わったのは葉の形だけではありません。いままで殆ど見ることはできなかった月明かりが、木漏れ日のように降り注いでいるのです。

 今まで親に連れられて幾度も森に入った兄妹ですが、こんな場所は初めて見ます。









 兄と妹が同時に足を止めました。そして同時に声を上げます。















「「家…!」」






 こじんまりとした、質素な丸太の家。兄妹の家と少し似ています。窓から漏れる明かりは見ているだけで温かくなるような、オレンジと黄色。暖炉でもあるのでしょうか。小さな明かりです。でも、夜の闇に慣れた二人には眩しすぎる位でした。

 顔を見合わせて、二人は泣きそうな、笑いそうな不思議な顔をします。







 そして、駆けだしました。








 近くで見ると、その家は思ったよりも大きい作りをしていました。ドアや窓のパーツも大きかったので、分からなかったのです。

 玄関へと続く小道は綺麗に整備されていて、二人を歓迎して温かな家の中へ導こうとしているかのようです。

 そんな何もかも良くできた世界。

 ふと、兄の心に芽生えた猜疑心。

 うまくいきすぎじゃないか?そんな声が心のどこかから生まれます。その声が彼の足を止めさせ、追い抜こうとした妹の手を引き戻させます。






「ちょっと待て」

「何で?」

「…お前はここで待ってろ。俺が先に行く。」

「どうし」

「うっせー、王子に逆らうなっての。こんななんもないような、しかも街から離れたとこに住んでるような奴だぜ?まず間違いなく変人だし、善人だとも限んねーんだ。」

「お兄ちゃん、心配してくれて…」

「当然!」

「ねぇ…」

「ん?」

「…お兄ちゃんに、『お願い』とか『頼みごと』ってできる?」

「無理。王子は命令しかしないの」

「じゃあ私も行くね。」

「…」

「お兄ちゃん、お願いは私がするからお兄ちゃんは極力黙ってて」

「…」







 兄は何も言い返せません。

 …いざとなれば、住人脅せばいっか。それか、殺っちゃうか。

 そんな、やっぱりバイオレンスで道徳の教科書が泣きだしてしまうようなことを考えながら、兄は玄関へ近づきます。






「こんばんはー!夜分遅くにすみませーん!」




 しーん…





 黙っているように言われたので、兄は何も言いません。

 呼びかけ続ける妹を眺めながら、無視している住人に怒りを覚えます。

 何なの、王子無視するとか。あとでぜってー制裁。見てろ。

 妹は幾度も声をかけ続けましたが、返事は全くありません。





「もしかしてもう寝ちゃってるのかな…」

「明かりついてるし、起きてるだろ…あー、もーめんどくせ、」





 そう言うと、兄は妹の後ろからドアノブに手を伸ばしました。




「お兄ちゃん?!」




 制止も聞かずに、兄はそのノブを握りました。

 王子ですから。
















 その瞬間。






 白

 白





 白





白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白…








 閃光が炸裂し、二人は真っ白な光に包まれました。

 ふわりと温かい。

 役に立たない目を庇いながら、妹は思います。








 一瞬の後、光は跡形もなく消え去りました。

 兄妹と一緒に。





 外には、青みがかった月と、沢山の木と、まだ微かに熱をもったドアノブだけです。

 そのドアノブには、先程兄が踏んだのと寸分たがわない文様が徐々に薄れながらも見て取れました。


 

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