ワンダーランドキャパシティー

□FOUND OUT
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 日よけの為に掛けられた布を潜ると、店内は思いのほか涼しかった。ただ、窓が小さいために湿度が高く、かなり息苦しく感じられる。

 店内に他の客は無く、青年に気付いた商人はすぐさま奥から走り寄ってきた。商人は彼の顔を認めると嘘くさい笑みを零した。



「おや、先日の…」

「召使いが要る。」

「それでしたらお勧めしたい者がおります。お待ちいただければすぐに連れてきましょう」

「いや、自分で探す」

「構いませんが…あまり見ていて気分のいいものではありませんよ?私も時折、気分が悪くなります」

「構わねえ」

「畏まりました」



 商人の後についてさらに奥へ進んでいくと、小さな扉があった。扉には緑青の吹いた錠がかかっており、鍵穴は手では決して解錠出来ぬよう、鋭い金属片がいくつも取り付けられていた。



「この奥が奴隷たちのスペースです。…本当に入られますか?」

「良いから通せぇ」



 商人が錠を回し、小さな戸を引いた。よく油が差されているらしく、戸は音もなく開いた。



「お好きなものを、どうぞ」



 青年を中に入れると、商人は売り込みもせずに店の表へ戻って行った。

 店主の言う通り、確かに長時間居たいと思えるような場所ではなかった。

 脱走を防ぐためだろう、光源は高い位置に小さく開けられた明かり取りの窓だけで、風が流れない室内の空気は澱んでいた。入口から伸びる道の両側に牢のような部屋が並び、その6、7畳程の狭い部屋に、一室につき10名以上の奴隷たちが、男女の別なく押し込められていた。

 多くの人間がいるせいで、空気はさらに重苦しく、その上酷い悪臭もした。

 一人残された青年は小さく鼻を鳴らし、目当ての奴隷を探し始めた。

 そしてすぐに、それが非常に難しい仕事だということに気がついた。なにせ、目印になるのはあの声だけなのだ。少し考えてから、彼は一番近くの牢の奴隷から声をかけ始めた。





  *  *  *





「もうお決まりですか?」

「…止めた」



 数分後、奥の部屋から戻った青年は面倒くさそうに言った。

 あの後片っ端から奴隷たちに声をかけていったが、先日聞いた、あの凛とした声で返した者はいなかった。どいつもこいつも、生気の無い声で当たり障りのないことを言いやがって。

 もう、買われたのかも知んねえなあ。それとも、あの死んだような奴らの中に、もう埋もれちまったのか。

 どちらにせよ、もうこの店で買うつもりはなかった。もっと他に、使えそうな奴隷を売っている店はあるだろう。

 青年が店から半歩出た時だった。未練がましく彼についてきた商人が、ふと思い出したように言った。



「そう言えば、まだお見せしていない者がございますが…」

「…どんな奴だ?」

「はい、見てくれも悪くはございませんし、頭も悪くないようですが…どうにも愛嬌やら素直さといったものが欠けておりまして…お客様にお見せする度、いつも気を立たせるようなことを言うものですから、思いきって処分してしまおうかと思って別室に外していたのです」

「…連れてこい」

「仰せのままに」



 店の表側は、あの裏の部屋に比べれば遥かに居心地が良かった。青年が窓際で髪を風に遊ばせていると、商人が先程とは別の戸から出てきた。

 その後ろに、小さな人影が見えた。

 青年より幾分幼い、少女だった。怯えているのかと思いきや、商人が立ち止るとすぐに前へ出て、伸びかけた前髪の隙間から真っ直ぐに青年を見た。



「この者でございます」



 商人は忌々しそうに少女を押しやり、この娘なら処分しようとしておりましたので、半値でお譲りします、と言った。

 青年は一歩少女に近づいた。全く引かなかった。その瞬間、青年はもう確信めいたものを感じていた。



「てめえには、何が出来る?」

「何でも」









 …見つけた。

 凛とした、声だった。

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