ワンダーランドキャパシティー

□RETURN
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 少女のいなくなった部屋で、スクアーロは腰に下げた剣を取り外し、壊れ物を扱うようにそっと鞘を払った。

 戦士としての『騎士』の意味が失われ、取って代わる様に増えた日常の雑務。今や騎士が実際に戦地に赴くことはめっきり減った。

 しかし、そんなことはスクアーロにとってどうでもよかった。彼が剣を振るうのは金や名声の為ではない…純粋に血を求める、剣士の性が彼を剣から離れさせないのだ。

 刃零れ一つない細身の剣の刃が、陽の光を受けて妖しげに煌めいた。

 その時、近づいてくる二人分の足音が聞こえ、手入れ道具に伸ばそうとしたスクアーロの手が止まった。



「スクアーロ!お客さんよー!」



 許可を出す前に部屋に入ってきたのは、スクアーロのオカン(仮)ことルッスーリア。そしてその後ろに続いたのは、ついさっき別れたばかりの奴隷商だった。



「ルッスーリア、勝手に入れてんじゃねえ」

「いいじゃない、お客様をお待たせするわけにもいかないでしょ?」

「チッ、わあったからもう出てけえ。次からは断り位入れろぉ、俺にも都合があんだぁ」

「はいはい、もう、最近すっかり反抗期に入っちゃって…ルッスママン、悲しいわっ」

「…で、てめえは何の用だぁ?」

「あら、私は無視なの?」



 無言の圧力でルッスーリアを追い出してから、スクアーロは奴隷商に向き直った。



「はい、旦那にお渡ししたい物がございまして…おや?あの娘は?」

「水を汲みに行った」



 奴隷商はぽかんと口を空け、目を瞬かせた。



「旦那、どうやってあの強情っ張りを従わせたのですか?!」

「どうもこうも、自分から汲みに行くと言い出したから好きなようにさせただけだあ」

「そんな馬鹿な…」

「う”ぉおい、んなこたあどうでもいい。てめえ、俺に話があんだろぉ?」

「ええ、まあ…話と言うのは他でもありません、あの娘についてです。」



 そう言って、奴隷商は背負っていた大きな袋を下し、中から細長い棒のようなものを引き抜いた。



「これは、あの娘がウチに売られてきた時唯一所持していたものです。取り上げていたのですが、ウチで保管していても仕方の無いものですので旦那に…」

「そいつぁ…剣、かぁ?」

「左様でございます。」



 奴隷商から手渡された剣は幾重にも布で覆われていた。スクアーロが一振りすると、布はするりと解け落ちた。

 現れたのは通常の剣よりもかなり細身の剣だった。非常に軽い造りで、黒塗りの鞘に納められている。しっかりとした柄から、接近戦用の得物だと言うことがわかった。



「あいつは剣を使うのか?」

「さあ…ウチに置いている間は取り上げておりましたので、なんとも…」



 奴隷商が言いよどんでいると、誰かがこちらに近づいてくる足音。軽い音から察するに、恐らく、



「主、持ってきた」

「おう」



 少女はスクアーロの元へ真っ直ぐに手にした盆を運んできた。その光景を奇妙なモノのように眺める奴隷商。



「…おい、これ…酒瓶じゃねえかあ。どっから持ってきやがった?」

「ざんざすっていう人がくれた」

「…っはぁああああ???!!!親父が??!!」

「『飲み物ほしい』って言ったら投げてくれた」

「くれた、じゃねえ!投げつけられたんだよ!何さらっと猛毒以上の危険物持って来てんだぁ!」

「…水が良かった、か?」

「…はあ、そういや水の場所も教えてなかったしなぁ…ってどこ行くつもりだぁ!」

「ざんざすに返してくる」

「やめろぉ、後で俺が返しといてやるからこれ以上動くんじゃねえ」

「分かった」

「お前の元の主人が帰ったら色々教えてやっから、それまで大人しくしてろぉ」



 少女を部屋の隅に控えさせて、スクアーロは首を捻っている奴隷商に向き返った。



「で、用は済んだかぁ?」

「はい、今日はあの剣のことだけです。それにしても、世の中分からないものですね」

「何が」

「この娘は今まで、決して人に従うと言うことをしなかったのです。何が出来るか、と尋ねられると、『何でも。でもお前には従わない』といつも…それが、旦那には自分からすすんで従うんですから…いやはや…」



 奴隷商は、まだ不思議そうに少女を見ながら席を立った。



「さて…それではこれから所用がございますので、私はこれで。他に奴隷が入用な時には、またいつでもお越しください」

「あ”ぁ」



 慇懃に頭を下げ、奴隷商は退室した。

 残された二人は暫く無言だったが、突然少女の方がぴょこんとぜんまい仕掛けのように立ち上がった。



「?」

「元の主人、帰った。主から色々聞く。」

「そうだったなぁ…まあ、その辺に座れ」



 スクアーロは少女を座らせて、目の前に先程の細身の剣を差し出した。目の前に黒い鞘を突き出された少女は、何の反応も示さない。



「これに見覚えはあるかあ?」

「ある」

「お前のか?」

「そうだ。私のだった。でも今は違う」

「何故?」

「剣、見て」



 言われたとおり鞘を払ったスクアーロは、すぐさま少女の言葉を理解した。

 確かに切れない。これじゃあ剣が軽い筈だ。現れた刀身はぼろぼろに錆び、毀れ、刃は半分も残っていなかった。



「綺麗な剣だった。でも、前の主人に取られた」

「手入れ出来なかったんだな?」

「うん」

「お前、今でも剣は振れるか?」

「ずっと振って無かった。でも、斬れる」

「…この剣は俺が預かる。いいな?」

「いい。」

「なら、この話は終わりだ。」

「終わり。」

「ああ。」

「終わり」

「…」

「主、次は?」

「そうだなぁ…屋敷の中でも案内してやるかあ」




 スクアーロは少女の剣を自分の物と一緒に腰に下げ、少女についてくるよう命じた。
 

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