ワンダーランドキャパシティー
□BROTHER
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少女に屋敷を案内してやることにしたスクアーロが初めに向かったのは、食事の為の広間のような部屋だった。人が入ればがやがやと騒々しいこの場所も、夕飯までまだ時間のある今はがらんとしていて広さが却って虚しい。
最低限知っておくべき物の仕舞い場所等を少女に指し示している時、不意にスクアーロが舌を鳴らした。
「チッ…めんどくせえ」
「主、すまない」
「あ”?…あぁ、てめえの事じゃねえ」
忌々しそうに大きな入口に目を向けたスクアーロにつられ、少女もそちらを見る。その時を見計らったかのように戸が開き、つやりとした金髪に銀製のティアラを無造作に引っ掛けた少年が姿を現した。長い前髪が両目を覆って表情は読み取れないが、への字の口を見る限り気分が良いわけだはないらしい。少年は足で戸を閉めると、誰にともなく気の抜けきった声を放った。
「腹へったー」
「やっぱ来やがったかぁ」
顔を顰めたスクアーロが呟くと、ティアラの少年はあからさまに嫌そうな顔をした。
「げ、兄貴。何でいんだよ。今朝親父に何か言いつけられてたじゃん」
「う”ぉおい、そりゃあこっちの台詞だぁ。ベル、てめえは同盟市の農園見に行かされてる筈だろぉがぁ」
「そんなのもうとっくに済んだし。」
ベルと呼ばれた少年は話を打ち切り、部屋の奥の扉へ声を張った。
「ルッスーリア?王子腹減ったんだけど」
「はいはい、ちょっと待ってー!」
ものの数秒で、ばーんと勢いよく開いた扉からルッスーリアが出てきた。両手にはひとつずつ大きめの皿を持ち、そのそれぞれにでーんと大盛りの食事。
「もうすぐ帰ってくると思って作ってたのよ」
「しし、さっすが自称ママン」
「あら、ママンだなんて嬉しいこと言ってくれるじゃない!」
「…なあ、『自称』っつったの聞こえてた?」
げんなりとルッスーリアを見るベルだったが、ずん、と重量感のある音と共にテーブルに皿が置かれるとすぐさま食器に向かった。
「う”ぉおい、この時間に食うのかぁ?」
「…」
「無視か」
凄まじい勢いで口へ物を運ぶベルは、スクアーロが何を言おうと応えるつもりはないらしい。
「…う”ぉおい、次の部屋行くぞぉ。」
言わなくてもついてくるだろうと思いつつ、一応は少女に声をかける。少女は盛大な間食を胃に収めているベルを凝視していたが、呼ばれるとすぐに駆け寄ってきた。
部屋を出てすぐ、少女はスクアーロの服の裾を引いて首を傾げた。スクアーロは意味が分からず瞬きを繰り返したが、あ”あ、とめんどくさそうに説明してやった。
「あれはベル。家の三男坊…残念だが、俺の弟だぁ。」
「主の?」
「あ”ぁ。似てねぇだろぉ?俺もベルも母親似らしいからなぁ。おら、髪の色も違うだろぉ。俺たちは腹違いなんだぁ」
自分の銀髪をひと房摘まんだスクアーロはそう言って、上にももう一人いるぜぇ、と更に教えた。
「主の兄?どんな人間?」
「…いけ好かねえ野郎だぁ」
くるりと背を向けたスクアーロは、もうこの話は終わりとばかりに足早に歩き出した。身長差のある少女は殆ど駆けないとついていくことが出来なかったが、スクアーロは足を緩めようとはしなかった。
広間を離れていく二人は、その後ろ姿を見つめる青年に気がつかなかった。落ち着いたブラウンの髪に、ダークブラウンの瞳。好戦的なスクアーロに比べると、かなり知的な印象を与える。
しかし、今二人を睨みつける青年の目から冷静な思考や理性的な判断力は伺えず…
ただ、憎悪に近いドロドロとした感情の片鱗がちらついているだけだった。