永遠の自由落下
□嫌疑
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「フェイクだ」
気だるそうに、しかし紛れもない怒りを込めて放たれたザンザスの言葉。自棄に無機質に聞こえたその音が頭ん中で繰り返し再生される。
…そのせいかもしれない。降り注ぐ拳や蹴りも、ほとんど気にならない。
床に散らばるガラスの破片、ウィスキー、血痕…。俺は今、ザンザスの『制裁』を受けている真っ最中だ…紛い物のボンゴレリングを掴まされたために。
怒りに任せて制裁を加えるザンザスが加減などする筈もない。必殺の一撃を幾度喰らっても、それでも決して抗うことはしない。そんなことをすれば、本気で殺されるからだ。
…いや、このままでも死ぬかもしんねぇ。
いい加減朦朧としてきた意識の底で、後悔と未練、そして失態を犯したことへの羞恥が、俺を苛むように色濃く渦巻く。ザンザスからの暴行より、そっちの方が遥かに辛い。
頭頂部辺りの髪を掴まれ、高く吊し上げられる。腫れたまぶたに押されて、眼はほとんど使い物にならない。
ごっ!
側頭部から壁に叩きつけられ、そのままずるずると倒れこむ。もう、何処をどう痛めたのかなど分からない。
「ハン。これ位でへばってんじゃねえ、カスが。そんなんだから沢田に出し抜かれんだ。」
るせえ、わかってんだよ…
「…カス共に知らせてこい。ジャッポ―ネへ発つ用意をさせろ」
「…っ、う”ぉぉい…俺一人で十分…っだぁ、自分の蹴り位、自分、で、…っぐあ!」
「ごちゃごちゃうるせえ。とっとと行け」
ザンザスは俺に数発蹴りを入れると、後はもう興味を失ったように歩み去って行った。もう何を言った所で聞き入れてはもらえまい。クソ御曹司のことだ、端から俺の言葉を聞く気などなかっただろうが。
「くそがぁ…」
壁に体重を預け、ほとんど使い物にならない体を無理矢理起こす。くそ、前さえ見えりゃあ…
足を引き摺りながら何とか退室しようとした。
「おい、カス鮫。」
「んだよ、クソ御曹司…」
もう一つグラスを投げられて地に伏せた状態で、ザンザスの話に耳を傾けた。
* * *
…クソ、こんなところでへばってたまるかよ…
廊下の壁にずるずると血の跡をつけながら、どうにかここまでは辿り着いた。だが、体がそろそろ限界らしい。
都合よくルッスーリアでも通りかかれば、ザンザスに命じられた伝令を頼めるんだが…。散々馬鹿にされることは覚悟の上だ。仕事が出来ずにザンザスにのされるより数段マシってもんだ。
そんなことを考えていた時だった。数歩先で、ばらばらと物の落ちる音がした。
「スクアーロ様!!!」
天音かぁ。続いてバタバタと駆け寄る音がしたかと思うと、肩を貸されて体が安定した。
「う”ぉぉい、暗殺者ならもっと気配消して動けぇ…」
「すみません、無理です」
腕の下からきっぱりと返事が返り、ゆっくりと歩き始めた。
「どこ行く気だぁ」
「医務室です」
「駄目だぁ!」
肩を貸してもらっている身ではあるが、何より先にザンザスの命を遂行しなければならない。制裁も恐ろしいがそれ以前に、これは誓いなのだ。
「ルッスーリアの所まで連れて行ってくれぇ」
「任務ですか?」
「そうだぁ、俺からてめぇに命令してんだぁ」
返事はなく、歩みが止まった。
急がなければならない。ここまで、ぼろ雑巾みてぇな体のせいでかなり時間をロスしている。
募る苛立ちに任せて体を揺すると、漸く天音が進みだした。
「う”ぉぉい!こっちじゃねぇだ…っろぉ…」
「スクアーロ様、傷に障ります。声を落してください。ルッス姐の所へは私が代わりに行きます。ですから、どうかスクアーロ様は、」
「てめぇじゃ駄目だぁ!」
再び叫ぶと、頭に鋭い痛みが走った。
俺を半ば引きずるように歩く天音が微かに速度を緩めた。
「…それなら、ルッス姐を呼びに行きます。いいですか?」
「…分かった」
その時の天音がどんな顔をしていたのか、俺には見えなかった。
ただ、声の調子がおかしいと、それだけに気付いた。気付いたが、気にも留めなかった。そんな余裕はなかった。
だから俺は天音に寄りかかったまま、焦りと苛立ちに任せてひたすら足を動かし続けた。
天音に連れられ漸く医務室のベッドに横たわると、俺は糸が切れたように意識を失った。
* * *
半覚醒の状態で、人の気配が近づいてくるのをぼんやりと感じる。
そして次の瞬間には、俺は完全に覚醒しきっていた。腹部への鋭い痛みによって。
その原因に向かって吠える。
「う”ぉぉい!!ルッスーリアてめえ何しやがんだぁぁぁ!!!」
「あら、ごめんなさい?足が滑っちゃったみたい」
「てめえのメタルニーが滑ると洒落になんねぇんだよ!殺す気かぁ!!」
「うふ、半分♡」
「う”ぉぉぉい!」
この野郎…!!こっちが反撃できねえと知って、おちょくってやがんのかぁ…!
「で、私に何の用?」
「ザンザスから伝令だぁ。VARIA総出で、ジャッポ―ネへ発つ。」
「ジャッポ―ネってことは…」
「そうだぁ…あいつらを根絶やしにする」
「スクちゃん…しくじったわね?」
「…」
「気にする必要はないわよー!スクちゃんに策略だとか計略なんかは向かないもの、騙されて当然よ!」
「てめぇ、馬鹿にしてんのかぁ!!!」
「その通りよ」
「この野郎、」
「『野郎』じゃないわ…口に気をつけて」
さっきと全く同じ位置に鉄の膝がめり込む。ルッスーリアの野郎、狙いやがったな…!
「話はそれで全部?だったら帰るわよ、遠出するなら私も準備しなくちゃ」
「もう一つ。」
「何?手短に済ませて頂戴、部屋に待たせてる子がいるのよ」
「天音についてだぁ」