永遠の自由落下
□奮闘
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これから渡す情報は、必要以上に口外しないこと。情報は金と同じだから、やすやすと他人には渡さないでほしい。特に僕からのは、さ。
おかしいと思わなかったかい?出会って24時間もしないうちに、見ず知らずだった奴を側近に抜擢するなんて。
考えられるのは、よっぽど気に入ったか、もしくは『監視』。そうしたのが僕だったら、十中八九「監視」の方だね。
でも…あの単細胞にそんな脳みそがついてるとは思えないから、前者だと思っておけばいい。
ああ、そうだ。もう一つ助言をあげるよ。
あの剣馬鹿にちゃんと信頼してほしいなら、鼠を突き出すしかないよ。スクアーロよりは、君の方が向いているかもしれない。もっとも、期限はあっても後二日くらいだろうけどね。
これで僕からの情報は全部。もっと欲しければ、追加料金を用意しておくことだね。
* * *
パチン。
照明の付く音だろうか。瞼の裏からでも明るいことが分かって、ゆっくりと瞳を開く。
私の部屋だ。ベッドの中にきちんと収まって、天上の模様を見つめていた。
どうしてここにいるんだろう。確か、スクアーロ様との初めてのツーマンセルを無事に終えた後、車に乗って…気が付いたら、ここにいたんだ。どうして急に気絶なんか…
あ…。私、マーモン様から貰った情報、ちゃんと理解してる。もしかして、情報を受け入れる作業に脳が追いつかなくて、ショートしちゃったのかもしれない。情けない頭だ。
「やっとお目覚めかぁ」
聞きなれた声に勢いよく起き上がると、スクアーロ様が目を擦りながらデスクに着いていた。その指先のインクの染み、軽く湿った髪ときついアルコール臭…何が起こったのかを推察するのはいとも容易い。
「すみません、私が報告書を放り投げたばかりに…」
「気にすんなぁ。大概書き終わってたから、最後は仕上げて提出した」
「でもそのせいでザンザス様がスクアーロ様に、」
「…クソボスがグラス投げんのは反射みてえなもんだあ。理由なんざねえよ」
「そ、うなんですか」
会話が途切れて、スクアーロ様は伸びをしながら立ちあがった。
「俺はもう行く」
「私もお供します!」
「馬鹿、てめえは謹慎だぁ」
「…謹慎?」
「…いや、休養だな。任務中にぶっ倒れられても困る。最低限、今日明日は必要以上にここから出るんじゃねえ」
「でも任務が、」
「任務に行って、また倒れたらどうするつもりだ」
「それは…もう、大丈夫です」
「ハッ、信用できねえなあ。医者は疲労だから3日は休めと言ってたっぜぇ?もっとも、そこまでの休みはやれねえがなぁ。…分かったかぁ」
「…はい。」
「よぉし」
部屋を出かけたスクアーロ様を、ふ、と気付いて呼びとめた。
「スクアーロ様」
「あ”?」
「ご無理をなさらないでください…体が持ちませんよ」
「てめえが言うかぁ?」
喉の奥で笑ったスクアーロ様は、もっと自分のことを考えろ、と言い置いて出て行った。
残された私は、ドアが閉まった瞬間力を抜いて再びベッドに倒れ込んだ。きしん、とベッドを高く軋ませて沈む体。
二日間…。もし、マーモン様の情報を、私が正しく読み取っているなら…。この休養期間は、絶好のチャンスだ。
布団を跳ねあげて、ベッドから飛び下りる。
「やってやろうじゃない」
腰かけた椅子は温かくて、さっきまでここにスクアーロ様が座ってたんだなあ、って思うとむずむずする。いや、むずむずなんてしてる場合じゃなくて。
深く息を吐いてから、びびっ、と硬い音と共に、使い込んだコンピュータの主電源を入れた。
* * *
ヴァリアーの隊員が一名、空港で何者かに襲撃された。襲撃は失敗に終わったが、まだ黒幕は掴めていない。
そんなの知ったことか。油断して襲われてる奴がわりぃんだ。
普段なら、そう一蹴していた筈だ。筈だ、と言うことはつまり、俺はそうはしなかった。それは、その隊員の任務先を知っていたからだ。
…ロシア。
意識を失った天音の横で報せを受けた時、まさかと思った。共同任務で完璧な動きを見せたこいつには、もう信頼と言ってもいい位の物が出来ていたと言うのに、その矢先だ。
勿論、今回の襲撃事件が天音とは無関係だと言うことも考えられる。敵は腐るほどいて、どいつもこいつも虎視眈々とこっちの隙を狙ってやがる。ヴァリアーは、そういう集団だ。
…ああ、何やってんだか。
気がつくと俺は、天音がスパイではない可能性を考えていた。無意識のうちに。自分で撒いた餌に向こうから食いついてきたというのに、それを釣らない手は無い。
ただ…そうだ、まだ黒幕が割れていない。それが分かるまでは、天音の処遇は保留した方が賢明だ。口を割らせることになるかも知んねえ。
もし後2日で新情報が入らなければ、天音はスパイだったということで、その時は俺が速やかに消す。その時俺は惜しいと思うことはあっても、決して後悔はしないだろう。
折角尻尾をつかみかけてんのに、どうしてこんなに面倒なんだ。
次の任務への移動中、残された時間を無駄に数えてみた。