永遠の自由落下


□故人
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 憂鬱、だった。折角逸材だと、良い部下が出来たと思っていた。磨けばいくらでも伸びそうな所も気に入っていたし、共同任務で発揮した連携する力も役に立つと思っていた。

 だが、こうなってしまった以上始末するしかない。躊躇いも悔いもないが、やはり残念で、憂鬱。

 天音には部屋に戻れと伝えた。その場で斬っても良かったが、止めた。何故そうしたのかは分からないが、今思えば部屋に死体処理班を入れるのがめんどくさかったからに違いない。

 天音の声が、聞きなれたものとは違って聞こえた。聞きなれたと言っても、まだ出会ってからいくらも経ってはいない。これで良かったと思う。もし万が一情が移りでもしたら、殺すのを少しくらいは躊躇ったかもしれないから。

 一瞬、意識がフェードアウトした。すぐに回復したが、体調が優れないのは考えなくとも分かる。くそったれが、ここでへばってられるか…

 そう思った瞬間、再び意識が遠のいた。やばい、と思う間もなく、今度こそ意識が沈んだ。

 ああ、またザンザスに半殺しに、いや今度こそ殺される。

 




  *  *  *








 目の前で倒れたスクアーロ様に大急ぎで駆け寄った。

 ぱっと見では外傷は見つけられない。多分先日の大傷が響いてるんだと思う。治療班の言うことを聞かないで動き回っていたんだから、当然と言えば当然だ。疲労も手伝っているに違いない。

 無造作に放られた均整のとれた体を楽な態勢に動かす。そうしておいてから、揺すったり名前を呼んだり、意識を引き戻すために考え付くことを片っ端から実行していった。

 頬を叩くうちに、スクアーロ様から低い呻き声が聞こえた。

 手を止めて見守っていると、いつもとかわらない鋭い眼差しが開かれた

 思わずほっと息が漏れて、緊張感と共に頬の筋肉まで弛緩。つられたようにスクアーロ様も笑う。嘲笑の入り交じった、冷たい笑みで。







  *  *  *






 何度も呼ばれたり、揺すられたり、色々叩かれたりした…ような気がする。

 ともかく、目を見開いた俺が真っ先に見つけたのは、心配そうに覗きこむ天音だった。打算や思惑で無く、純粋に心配して寄ってきたことくらい分かった。俺も暗殺者、人の考えてることも必要な程度は読み取れる。

 馬鹿な奴。俺が倒れている間にさっさと殺しておけば、無事にヴァリアーから逃げ、本当の仲間の所へ逃げられたかもしれないのに。



「俺を殺しちまったほうが、得策だったんじゃねぇかぁ?」



 深く考える前に、思わず言ってしまった。すぐに後悔したが、どうせこの後殺すのだ。すぐさま開き直れる俺は、やはり暗殺者に向いている。

 凹むだろうか、泣くだろうか。どちらにせよ、知ったことか。そう思っていたのに、予想に反して天音は笑いやがった。何がおかしい。黙ってないで何か言え。何も言わない天音に苛立ちを感じた。

 俺の行動一つ一つに、打てば響くように何かが返ってくる。それは言葉だったり、表情の変化だったりともかくバラエティに富んでいて…

 もう、敵だってのに。

 違うか、敵だったのは元からで、俺がついさっき、漸く気付いたってだけの話か。

 天音は無言で俺の腕の下に体を入れ、肩を支えるようにして立たせた。



「医務室へ行きます」



 黙っていた天音が口を開く。



「必要ねえ。離しやがれ」

「いくら上司命令でも譲れません。力尽くでも先生に診てもらいますから。」

「力尽く、か」



 そう言いながらも、俺は大人しく引っ張られていく。明日に控えた日本遠征の方が重要度は高い。その前にどこかのタイミングでゆっくり体を休めておきたい。それが今でも問題無いだろう。

 裏切り者は、今日中に始末すればいいのだから。








  *  *  *

 



 スクアーロ様を連れて医務室へ行くと、丁度医療班の人は出払っていた。取り敢えずスクアーロ様を休ませるために、ベッドを使わせてもらう。こんなことならわざわざここまで来なくてもよかった、なんてちょっと後悔。

 パイプ椅子を枕元まで運んで腰を下ろす。スクアーロ様は目を閉じているけど、それでも痛々しいほどに疲労が伝わってきた。



「いつまでここにいる気だぁ?部屋に戻れと言っただろぉ」

「医療班の人が来るまではここにいます。スクアーロ様も、危険分子は近くで見張っておきたいでしょうし」

「…ったく、てめえはよく出来た部下だぜぇ」



 皮肉の籠った言葉にも、もう動揺はしない。傷つかない、と言えばうそになるけど、状況を理解したから。

 誰かを疑うのは、辛いし疲れる。私なら、そんな辛いことは放り投げてしまう。でもスクアーロ様にはそれが出来ない。背負っているものが大きすぎる。



「そう言うスクアーロ様は、駄目な上司です」



 そう言うと、スクアーロ様は忌々しげに細く目を開けた。



「俺の本分は人斬りだぁ、統率力なんざ端からもっちゃいねえよ」

「そう言う意味ではありません。人を、使ってくださいと言うことです。言ってくだされば、もっと手伝えたかもしれないのに…」

「何の手伝いだぁ?てめえの、本当のファミリーのかぁ?」

「私がファミリーと呼べるのはヴァリアーだけです。…そんなに私の言ったことが信用できないのですか?」

「出来ねえなぁ…誰が信じる?オッタビオの置き土産が、今になってもヴァリアーの情報を流し続けてるなんざ」




 

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