スクアーロ短夢

□有意義な午後
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 幸せだなぁ、と少女が一人ごちました。

 散らばった昨年度の教科書やらノートやらが、机上のみならず少女の枕元まで占領している、あまり片付いてはいない子供部屋です。

 少女は午前中に古本屋で見つけてきたお気に入りの作家さんの書いた小説を三冊とも枕元に装備して、ベッドの上で完全戦闘態勢。

 例え身につけているのが中学生時代の長ジャージと言う防御力1を下回る装備だったとしても、戦闘態勢と言ったら戦闘態勢なのです。

 本来ならば、今頃少女は水銀灯の元古い体育館でボールを追いかけまわしている筈でした。

 彼女がこうしてまったりのんびりと短い春休みの午後を満喫できるのは一重に顧問の「明日は休みにするか」発言のおかげです。

 少女の中には感謝の念以外ありません。前日、及び前々日に急遽丸一日の練習を入れられて休日の予定が全部パーになったことなんてすっかり忘れています。

 …今思い出しました。可哀想に。




 外では四月なのに寒々と雪が降っていると言うのに、少女はそんなことお構いなしにぬくぬくとしています。もふもふもこもこふわふわの毛布のおかげです。

 冷たいのを我慢してじっと潜り込んでいた甲斐がありました。温かい。

 少女は自分の体温で暖まった快適な空間からはみ出さないように、極力動かずに活字を目で追います。

 時折堪え切れず、一人でも構わずに声を上げて笑っています。相当つぼにはまっているようです。




 日はあっという間に傾き、南向きの部屋は薄暗くなりました。

 そして少女は―――――

 3冊目の後書きまできっちり読み終えてパタンと本を閉じました。

 文庫本でしたので、実際は「パタン」何て言う音はしませんでしたが。でも少女の中で本は確かに「パタン」と言って閉じられたのです。

 気付けば机やベッドの輪郭まで曖昧になってしまった片付いていない部屋で、

「幸せだなぁ」

 少女は再び呟くのでした。

 そこに日々宿題予習復習テスト部活動に追われぐったりとした高校生はなく、大好きな本を読みながら穏やかな午後を過ごした少女がいるだけでした。




 少女が春休みの宿題の為に快適な空間から嫌々抜け出すのは、それから三十分後のこと。





 
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