スクアーロ短夢
□夢現
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「と言うわけで!!スクアーロ隊長、ぎゅーって、ぎゅぎゅーってさせてください!!」
「う”ぉぉい、どういうわけだぁ!!意味分かんねえぞぉ!!」
何だこいつは。いや、コイツが誰かなど明白だ、悲しくなる位よく知っている。
天音。時々忘れそうになるが、俺の部下。時折、というかかなり頻繁に理解不能だ。そうなるのは意識が朦朧としてたり、酒が入っていたりする時だけで、常時そんな状態にあるというわけではない。が、そう言う時は本気で意味不明だ。誰も理解できねえ。そこんとこは保証してやる。
今日も今日とて、朝っぱらから俺の部屋に飛び込んできて、いきなりさっきの発言だ。仮にも上司だぞぉ?!今何時だと思ってやがる、4時半だぁ!しかも俺が昨日の任務からこの部屋へ帰ってきたのは、午前2時。風呂に入ったりもしたから、睡眠時間は正味2時間弱。帰りの車でぐぅぐぅ寝てた天音と違って、俺は眠ぃんだ。
「それじゃあお言葉に甘えて、」
「どの言葉に甘えたらそうなるんだぁ!!」
「痛っ!隊長、義手は痛いです」
「はっ、自業自得だぁ。黙ってそこに正座しろぉ」
「土足で歩く所ですが…?」
「座れ」
「はい!」
基本的には俺の言うことは至上命令として受け取る天音は、良いお返事と共に大人しく床に正座した。
「で、何があった」
「先刻隊長にぎゅーって、ぎゅぎゅーってすることを断られて義手の近位指節間関節で頭頂部を思い切りぶん殴られました」
「んなもん知ってるに決まってんだろぉ!…お前、任務が開けてから今までの間に何かあっただろぉ」
「え??!!スクアーロ隊長、どうしてそれを…?!もしやエスパー、超能力者ですか?!」
「普通に考えてそうなるだろぉ、任務中は極めて普段通りだったからなぁ」
「…数少ない情報をパズルのように組み合わせ、真実を導き出す…それはまるで神の采配のようで…はっ!もしやスクアーロ隊長、貴方様は伝説の名探偵、『隻眼のジョニー』だったんですか??!!」
「…で、何があった」
「否定しないということは、つまり本当に」
「うるせぇ!!てめえの話に付き合ってっといつまでも埒が明かねえからだぁ!!とっとと何があったか言いやがれぇ!」
「かつ丼は特盛りがいいです。」
「…たたっ斬る」
「話します、全部話しますからああああ」
天音はどこから出してきたのか分からない白旗を床に下し、幾分目を伏せて話し始める。
その表情には『憂い』とさえ言っていいほどの何かが混じっていて、さっきまでギャーギャー騒いでいた天音とはまるで別人のよう。
こうして天音が早朝から上司の俺を叩き起こしてあんなことを言うからには何か訳があるに決まっているのだ。今までのやり取りからは分からないだろうが、 天音と言う人間は本来「くそ真面目」を絵に描いたような奴であって、決して俺相手に軽口なんぞ叩けるような精神構造は持ち合わせていない。
意識がはっきりしているのにこういう状態に陥った時。それは、コイツが本当に参っている時だ。
暫く言い渋っていた天音が、ポツリ、ポツリと話し始める。
「…夢を見たんです」
「夢だぁ?」
「はい、悲しい夢です。私が、隊長をぎゅーって、ぎゅぎゅーってしてる夢です」
「う”ぉぉい、ちょっと待てぇ。悲しい夢って、本人の前で言う奴がいるかぁ!失礼にもほどがあんだろぉ」
「それでですね、とっても温かくて、ほこほこしてたのに、ぎゅってした瞬間、スクアーロ隊長が消えちゃったんです」
「…」
「ぱーって光の粒になって、私の手から零れて、散っちゃったんです。一個でも捕まえようと思って手を伸ばすんですけど、触った瞬間その光も消えちゃうんです。そうやっているうちにスクアーロ隊長だった光は全部消えて、真っ暗で、寒くなって、どうしようもなく悲しくて、」
「天音、お前…」
「そしたら何と、スクアーロ隊長は実はジャポーネのとある有名な忍者の一族の末裔で、変わり身の術で私の後ろに移動してたんですよ!」
「お”、お“ぉ…?」
「良かったと思ったのもつかの間、悪の帝王が隊長を小脇に抱えてさ攫っていっちゃったんです。」
「う”ぉぉい、いきなり自棄にファンタジーな展開になってんぞぉ、つーか何で俺が悪の帝王如きに小脇に抱えられて攫われなきゃなんねえんだあ!!」
「なので私は仲間を集めながら隊長を奪還する旅に出たんです。魔法使いと王子とオカマと変態と蛙が仲間になりました。」
「…悪の帝王はザンザスかぁ…くそぉ、違和感無さ過ぎんぜぇ…」
「七つの秘宝を集めたり龍の巣に入ったりまあともかく色々あった末に悪の帝王の元へ辿り着いた私たちは、」
「随分端折ったなぁ、割と重要なとこだろぉ」
「隊長が実は悪の帝王の後継者だと言うことを知って、」
「べただなオイ」
「所が隊長は実は悪の帝王に洗脳されて無理矢理私たちを攻撃させられていて、」
「べたすぎて却って珍しいぞぉ」
「まあ色々と頑張って悪の帝王を倒して、それから洗脳が解けた拍子に消えてしまった隊長の記憶を取り戻すために新たな大陸に行ったり漂流したりまあすったもんだした揚句隊長は元に戻って、」
「お前説明面倒くさくなって来てんだろぉ。つーかよく2時間半でそこまで壮大な夢見たなぁ」
「漸くハッピーエンド、かと思いきや」
「まだあんのかぁ?」
「隊長ったら、町娘のキャサリンと駆け落ちしちゃったんですよ!!」
「誰だキャサリン」
「鍛冶職人の娘のエルダならまだわかりますが、どうしてよりによってキャサリンなんですか!?彼女、文字数にして19文字しか話してないのに!!私たちは隊長がキャサリンと駆け落ちするために旅に出たんじゃない!!」
「…」
「そう言うわけで、起きた瞬間物凄く悲しくて、やるせなくて、もうどうしたらいいか分かんなくなったんです。なので…ぎゅーって、ぎゅぎゅーってさせてください!!!」
「断る!!」
「何でですか!私は、いいえ私たちは隊長の洗脳を解くために二つも大陸をめぐって仲間の一人と永遠の別れを告げて海の守り神を倒して訪れた村ではすべての村人に声をかけてヒントを得てモンスターを倒して経験値を溜めてレベルを上げて、漸く隊長を取り戻したんですよ!?私にはぎゅーって、ぎゅぎゅーってする権利が、いやもう寧ろ義務があります!」
「んなもんねえよ!それは全部夢ん中の話だぁ、いい加減目ぇ覚ませぇ!」
「もう覚めてます、覚めてますからぎゅーって、ぎゅぎゅーって、」
「誰がぎゅーっとなんかさせるかぁ!」
「違います、ぎゅーって、ぎゅぎゅーって、です」
「一緒だろぉ!!」
話の最初の方で、一瞬だけでも「可愛いこと言いやがって」的なことを考えた過去の自分を張り倒してやりたくなった。天音のこのぐだぐだでどうしようもない夢をのせいで、俺は貴重な睡眠時間と体力を無駄にしてしまったというのか。
もうこいつのことは放っておいて、もう一眠りしよう。次の任務まで、後二時間は寝ていられるはずだ。
わーわー騒いでいる天音の言葉を右から左へ受け流しつつ、ベッドへ戻ろうとした時だった。
ギ、ギィ…と不吉な軋み方をして扉がゆっくりと、怖いくらいゆっくりと開く。
俺と天音の動きが、一瞬でフリーズした。
「…おい、カスども…朝っぱらからなにを騒いでいる…」
「「…!!!!」」
その後悪の帝王、基、XANXUSによって、俺たちは瞬時に灰にされたのだった。
「あ、悪の帝王は伝説の秘薬で禁じられた復活を遂げていたのか…!」
「いい加減にしろぉぉぉおお!!!」