スクアーロ短夢
□オマジナイ
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目を開いた。朝だった。
カーテンを開いた。日は思いの外高く上っており、寝過ごしてしまったかと一瞬焦る。そして、今日の任務は午後からだということを思い出す。
体を起こすと、それだけで頭にがんがんと響く。昨日の酒が残っているらしい。
…顔でも洗うかぁ
洗面台に屈み込んで、ぬるい水道水を顔に当てる。
何気なく顔を上げた時だった。不機嫌そうに見返す鏡の中の俺を見て…
「…」
遅起きの午前十時三十二分、二日酔いは見事なまでに消し飛んでいた。
* * *
「う゛ぉぉぉぉい!!」
午前十時三十八分。VARIA本邸の長い廊下に満ちていた静けさは、濁音混じりの絶叫に打ち砕かれる。
天音が振り返ると、きちりと隊服を着込んだスクアーロが鬼の形相で仁王立ちになっている。
「隊長?今日の任務は午後からですよ、」
首を傾げる天音の前で、スクアーロは隊服の襟に手を掻け、大きく開いた。隊服の下は寝巻のままである。
「天音…てめぇ、どういう了見だぁ!!」
はだけた寝巻の首筋にはたくさんの花…マーカーで描かれた可愛らしい花が散っていた。その下の鎖骨の辺りには、中々に味のある文字で「天音」と記されている。
問い詰められた天音は散々言い渋ったあと、消え入りそうな声で言った。
「お呪(まじな)いです」
「何の呪(のろ)いだぁ」
「オマジナイです!」
「…何のマジナいだぁ」
「内緒です」
「じゃあ消しても問題ねぇな」
「駄目です!」
短い睨み合いが続く。先に根負けしたのは天音だった。
「ルッス姐に教えてもらった、『大切な人がいなくならないお呪い』です。」
「…大切な?」
「あー、ばれたら効果が薄れちゃいそうです…」
しゅんと肩を落とし、天音は悩ましげに息を吐いた。
一瞬複雑な表情をしたスクアーロだったが、すぐにそれは馬鹿にしたような笑みへと変貌する。
「ハン、呪いなんざ何の意味もねぇだろお」
「そういう隊長だってまだ願掛けで髪を伸ばしてるじゃないですか」
「これはいいんだぁ、誓いだからなぁ!」
「そういう矛盾した俺様な隊長も好きです」
「う゛ぉぉい、軽々しく言うもんじゃねぇ」
「軽々しく、聞こえますか?」
「…は?」
「何でもありません」
それでは、任務前に提出する書類がまだ残っていますので、失礼いたします。一礼し、天音は踵を返す。
二、三歩歩いてから思い出したように足を止めた。
「そのお呪い、ショユウインって言うらしいです。隊長も大切な人ができたら、オマジナイしてあげるといいですよ」
言い終え、今度こそ天音は歩き去っていった。
残されたのは首筋に花を付けたスクアーロ一人。
長い指がこっそりと、愛おしげに首筋ををなぞっていた。
それを、まだ本人は気付いていない。
そのマジナいの名は、
所有印
「…う゛ぉぉい、そういやてめぇ、『いつ』書きやがったぁ??!!」
「…」
ちゃっかり不法侵入