スクアーロ短夢

□漸近線少女
1ページ/1ページ









「わかった!私、悟っちゃった!三角関数は恋愛理論の完成系なんだよ!!」

「朝っぱらから突発的且つ意味不明な目覚めをありがとうなぁ”!!」




 眠い目を擦りながら、俺の腹の上に乗っかってプライスレスな笑顔を振りまく天音を払いのける。コロンとベッドから転がった天音は無駄に綺麗に一回転して床に着地。そのドヤ顔やめろ、腹立たしいから。
 時計を見ると、ベッドに入ってからまだ2時間しか経っていない。このままじゃ睡眠不足のまま明日、基い今日の任務に向かうことになりそうだ。しかも今日からの任務はいつ終わるか分かんねー様な任務。へたすりゃ2日は不眠不休だ。それはまずい。何としてでも避けたい。
 これから寝れば、睡眠時間はプラス3時間だ、よし、寝よう。




「あれ?聞こえてなかった?じゃあもう一回言うけど、」
「あ”ぁぁぁっ!!うっせぇ!黙れっつーか出てけ!」




 寝起きの不機嫌さに任せて一括すると、天音はしゅんと肩を落と…さなかった。甘かった、馬鹿だった、天音に通常の感覚を求めた、俺が。
 仕方がないから、取り敢えずとっとと話させて、とっとと出ていかせよう。結局はそれが一番の近道だ。




「スクアーロ君には難しかったみたいだから、もう一回説明してあげよう」



 ああ、無性に腹立たしい。今すぐ部屋から蹴りだして、穏やかな睡眠時間を確保したい。そう思っても実行に移せないのは、一重にその後の面倒、例えば頭上からタライが落ちてくるような事態が目に見えているからであって…決して、決してコイツに厳しい態度がとれないからというわけではない。
 にしても…むかつくほど良い笑顔しやがって。睡眠時間は十分ってか?
 そんな俺の殺伐とした心内環境など知る由もない天音は、ついてきて、と俺をベッドから引き摺り出す。愛し…と言うほど愛着は無いがそれなりに居心地の良かったベッドから引き離された俺が連れていかれたのは、部屋の反対側に位置する俺の事務机。半強制的に座らされた俺の目の前に紙が置かれたのはまっさらな紙。正確に言うと、これから処分する予定の書類の裏。
 椅子の横に立つ天音を見上げると、いつの間にか黒い細縁メガネを装着していた。どっから出してきた、つーかお前視力Aだろ。



「スクアーロ君、関数は分かりますか?」
「それ位分かるぞぉ、つーかその呼び方止めろ」
「関数とは、文字通り関係のある2つの数字のことです。」
「おい、聞けよ」
「片方の数字が決まると、もう一方の数がただ一つに決まるあれのことです。さあ、ノートとって。」



 どうやら拒否権はないらしい。嫌々言われたとおりのことを目の前の紙に記す。家庭教師気どりでふんふん頷いている天音が本気でうぜぇ。
 俺が書き終わると、天音は無言でペンを取り上げ、立ったまま横から紙に何かを書き入れ始めた。それを、体を横にずらして眺める。




 天音はまず、紙のど真ん中に横線を書き入れた。その右の端に小さく「θ」と書く。
 続けて縦に2本の線を、横線と交わる様に入れていく。その下の方には、これまた小さく、左から「−1/2π」「1/2π」と書き入れていく。
 学生時代まともに授業なんざ受けていなかった、と言うか授業内容自体がマフィアな学校に通っていた俺には、既にこの記号と図が何を示しているのか分からなくなっていた。



 そうして最後に天音は、その縦線と縦線の間に奇妙な曲線を描いた。
 何とも形容しがたい、奇妙な図だった。強いて言うなら、Sの字を鏡映しにして、横にした感じ、とでも言えばいいのか。線の端と端は真っ直ぐに伸ばされていて、初めの縦線に寄り添うように、しかし決して交わることはなく伸び続けた。



 意味が分からないし、何を指すのかも分からない。こんなものが何の役に立つのか、かいもく見当がつかない。そう言う所が天音の笑顔そっくりだ。




 奇妙なことに、何故か俺はその曲線に惹き付けられていた。




「これはね、『y=tanθ』のグラフ」
「ワイイコール…なんだぁ?」
「タンジェントシータ」
「…そうかあ」



 実際、聞いた所で分からない。あのマフィア学校でそんな授業、やっていただろうか?中途退学してヴァリアーに入ったから、もしかしたらその後で習うことになっていたのかもしれない。



「この縦線、漸近線て言うの」
「…名前なんてどうでもいいだろお」
「まあね。性質に比べればね」




 そう言って天音は、俺から奪ったペンで図の下に文字を書き入れて行った。




「…」
「この漸近線、スクアーロみたい」



 そう言って笑う天音は酷く寂しそうに見えて、それでも強い意志を持った目でグラフを睨みつけていた。











漸近線に沿うように近づいていくが、決して交わることはない



この縦線は君

追い付けないこれは僕






 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ