スクアーロ短夢
□ええ、また追い返されに来ました
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くるん、くるん、くるん
まだ火照りの残った拳銃を、掴んでは放り、放っては掴む。早めのテンポを一切崩さず、延々と単調な動きを続ける。
それを追う目は全部で四つ。この部屋で『生きて』いる人間のきっかり2倍。
最後は一際高く上げた。天上すれすれをスピンしながら通過したそれは私の目の前、真っ直ぐ伸ばした手の中へ収まり、
銃口は、目の前の男に向く。
「飽きた」
「こっちの台詞だぁ」
眉ひとつ動かさずに賛同したそいつの声は本当に飽き飽きとしたものだ。銃口突き付けられた人間にしては随分と軽い反応じゃないか。
「サーカスごっこは済んだかぁ?…ったく、こっちだって疲れてんだぁ、遊びなら屋敷帰ってからやれよ」
「もう飽きたんだってば」
「わぁったから、帰るぞぉ」
そう言って血生臭い部屋の中、無警戒に背中を晒す暗殺者。私があの銀色を鉛でぶち抜くことなんて考えもしてない筈だ。
「…ぱん」
乾いた私の声は殺傷力など持たない。そろそろ冷えてきた拳銃は、微塵も反応しなかった背中に投げ付けてやった。
あっさり投げ返されたのは、最初から想定の範囲内。
「もう、殺すの飽きた」
「こんだけ殺りゃあ、飽きるだろうよ」
言い合いながら後にした部屋は、真っ赤で、真っ赤で…
飽きるほど、血濡れだった。
* * *
標的、正しくは始末済みの元標的の屋敷の正面玄関を、招待客の気軽さでくぐる。無人の屋敷で、誰から隠れろというのか。
隣でぶつぶつ低く呟いているスクアーロは、頭が沸いた訳では無い。まだ来ていない撤退補助の部下と通信中だ。
手持ち無沙汰になってきょろきょろ見渡すと、馬鹿みたいに広い庭の隅にお似合いの阿呆みたいに豪勢なベンチが目についた。
ベンチに駆け出す私の背中に、迎えが来るまでもうしばらくかかるらしいと投げ掛けるスクアーロ。
贅沢に一人で座ろうと思っいてたけど、スクアーロがこちらに歩いて来たのを見て席を詰めてやった。
腰を下ろしたスクアーロと私、何をするでもなく視線を宙空に浮かせる。視界の中央には、飽きもせず水を吹き上げ続ける豪華で、薄汚れた噴水。
そっくりだよ、無意味な所とか。私みたいだなんて、割と本気で思ってみたり。
「スクアーロ、飽きた。」
「さっきも聞いた」
「殺し、飽きた」
「それも聞いたぞぉ」
「だから、止める」
「…」
黙りこまないでほしい。今のは一応許可願なんだから。
聞こえてませんでしたかー、だったら何回でも言いますけどー。
隣に顔を向けると、横顔ではなくきつい目が二つともこちらを向いている。
こんな冷たい目も、飽きた。座ってなお歴然とした身長差で見下されるのも。
「飽きたって、いつからだぁ」
「1回目から」
「…そうかぁ」
1回目。私の人殺しの。
スクアーロを見るたびに思い出すそれを、忘れろと言う方が無理がある。
ヴァリアーの事務専門だった私は、非常に残念なことに興味本位で殺人鬼に墜ちた。ある意味では、スクアーロのせいで。
ほんの小さな好奇心だった。しょっちゅう違う女の人を連れて歩く同僚が、どれ程その一人一人に執着しているのか。どんなふうに取り乱すのか、興味があった。今思えば歪んだ好奇心だ。
あのたった一瞬で、私とスクアーロ、殺めた命の数は等しく一つずつ加算された。ねぇスクアーロ、あんたも大概罪な奴だ。ただの事務方だった私は、あんたに殺されて消え去ったよ。今更一人増えてどうこうなる総計じゃないって?知ってる。
結果、スクアーロは目の前で愛人が泣こうが殺されようが、全く動じないということが判明した。
私を止めることさえ、しなかった。
血生臭い部屋で交わされた会話にしては、あまりに平坦で味気なかった。スクアーロの目が無感動、無遠慮に亡骸の傷口を眺めていたことを、今でもよく覚えている。
『冷徹な奴だな。泣けよ、悲しいんだろ?』
『あ゛?何で俺が泣かなきゃなんねぇんだぁ、意味わかんねぇぞぉ』
『その人があんたの大切な人だから』
『ハンッ、大切な人、か。そう見えたかぁ?』
『…あっそ。どっちにしろ私は謝らないから』
『別に俺が謝られる理由なんかねぇ。所詮コレも他人だしなぁ』
『…そう、じゃあコレは、ただの数字だったってわけか。可哀想にね、あんたに関わんなきゃこの子だって死なずに済んだのに。』
『だがなぁ、もし俺に対して罪悪感があんなら、』
『無いわよ、この子になら兎も角、なんであんたに、』
『一生付いてきてもらおうじゃねぇかぁ』
『…は?』
地獄まで、なぁ。なんてて。
この殺人鬼が。どうして今ものうのうと呼吸してんだよ、さっさとくたばれ。
顔しか知らない女を殺した私と、それが生業のスクアーロ。どっちもただの殺人鬼。
私がへばりつく地盤とあんたの地盤、ぐらりと傾いで接続するまで後どれくらい?
イカレタ者同士、お手て繋いで仲良くやってろってか?ご冗談でしょう、くそったれ。
くたばれ、くたばれ、くたばっちまえ!!
呪咀を吐きながら手首付近を彷徨った刄を、あれから何回スクアーロに取り上げられた?
以来私はスクアーロによって戦闘員に回され、もう数字も忘れる位任務を遂行してきた。
コイツと一緒なんて御免だ。地獄でもどこでも、一人で先へ行ってやる。
そう思って危険な任務にばかり志願しているのに、何故か私はまだ生きている。
どうやら閻魔さまは、スクアーロ同伴で無い限り私を通す気はないらしい。
「許可は出さねえよ」
「何の許可?」
「…お前、さっき殺し止めるっつっただろぉ」
「…残念」
あの約束は、つまりまだ生きている。
涙一つ流さなかった割には大きな対価を課してくれやがって。
それとも、やっぱりあの人のことを一応は愛していたのか。噂によると、あれ以来スクアーロは誰とも付き合っていないらしい。まだ彼女のことを引き摺ってるの可能性もある。
はたまた、また私に殺されると思っているのか。もうやんないよ。だってつまらないもの。
ああ、歪んでいる。あの時、私は自分の中の人間らしい心も一緒に撃ち殺してしまったのかもしれない。それとも、最初から?
全く、どいつもこいつもキチガイかよ。神様、同僚、私、全員だ。やってらんねぇ。
ぱーん
ふざけてるみたいに軽い、でもオノマトペではない本物の銃声が響いた。
続けてもう一発、今度はガウンッ!と吠えるような銃声が私の隣から。
スクアーロだ。勝手に私のホルスターから銃を出していて、屋敷に向かって一発。その後、装填されている残りの五発を撃ち尽くすまで撃った。
スクアーロが撃った弾は全て一つの窓をくぐり、標的の生き残りを…私を撃った人間をぶち抜いた。スクアーロは一瞬で応戦したから、まず逃げられたと言うことはないだろう。
頭がぐらぐらしだして、背もたれに体を預けた。血が足りてないのか。お腹を捲って傷口を確認しようとしたら、突然視界が反転した。
スクアーロ、何焦ってんの?一人でも歩けるから。
肩に担がれたまま反論しようとするが、声が出ない。漸く絞り出した声は酷く掠れていて、
「す、あ、」
「黙ってろぉ」
死にかけてるみたい。
走り出したスクアーロがガウガウと通信機へ怒鳴る。
うるせー叫ぶな、頭に響く。…なんて、どうせ声は出ないから言わない。
それに、焦ってるスクアーロなんて貴重な光景、ちょっとくらいの騒音はご愛嬌。意識がフェードアウトする前に、ちゃんと目に焼き付けておかないと。
ああ、なんだか凄く、気分が良い。
心配しなくても、死なねえよ。否、死ねないんだ。だって、あんたが付いてこない限り閻魔様が通してくれないから。
目が覚めたら、弾代を請求してやろう。弾代だって馬鹿にならないのに無駄に乱射しやがって、これだから剣士は。
その後、全身ちゃんと動くようになった後は、スクアーロか閻魔様のどちらかが折れるまで、殺人鬼を続けるほかないんだろうなぁ。
何故か私の名前を叫んでいるスクアーロが心底おかしい。安心しなよ、どうしたって私はあんたのせいで死ねないんだから。
吠え続けるスクアーロの声をバックに、私はまた閻魔様に追い返されに行くのだった。