スクアーロ短夢
□wrong way home
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「う”ぉおい、」
「…っはい!呼びましたか?」
男の人が大声出すと、こちらの構えの有無に関わらずびっくりする。あの声は敵を威嚇するための、人間がまだ動物だった頃の名残なんだろうか。
そんな、典型的に相手を怯えさせるような大声で私を飛び上がらせたのは、私と同じ学校の制服を着た男子生徒。
そんな至って普通の格好をしている彼が生徒達の視線を目一杯引き付けているのは、声が大きいから…だけではない。
なにしろ彼、スクアーロ君は有名人だ。喧嘩っ早くて滅法強い。各地の剣豪を次々と倒して回っているという噂も強ち嘘ではないらしい。
そんな有名人に声を掛けられて、ごく一般的な帰宅途中のマフィア学校生の私は当然のように軽い恐慌状態に陥った。
「てめぇ、」
「…は、はいっ!」
「…家、こっちかぁ?」
「…はい?」
道を指差しながら急かす様に見つめてくるスクアーロ君。真意が掴めず、少し考えてみた。
わからなかった。
え、何。スクアーロ君が私の家の在処を知って何か得があるのか、無いよな!
もし、有り得るとするならば…いや、有り得ない。
ふと思い浮かんだ都合のいい妄想擬いのアイデアを放り投げ、スクアーロ君の指す方向を見てみる。なんだ、私の家とは全然方向が違うじゃないか。
違います、そっちは通ったこともありません。
そう言おうと思って口を開いたはずなのだけど。
「…そうです、こっちです」
ギンギンなスクアーロ君の視線に気押され、殆ど無意識のうちに首を縦に振っていた。イエス以外の選択肢が瞬間的に消え去った、と言う方が適切だろう。
それを聞いたスクアーロ君がとても満足気で良い表情だったから、何となく良い事をしたような錯覚に陥ったのだが…
「そ、そうかぁ!じゃあ丁度いいなぁ!」
「は?丁度…?」
「俺もこっちだぁ!途中まで送ってやるぞぉ!」
「あ、あいがとうござ………は????」
「遠慮すんなぁ」
「…ぇぇええ?!」
そう言ったスクアーロ君は、すたすたと私の前に立って歩き出した。付いて行くべきなのかと固まっていた私だったけど、振り返ったスクアーロ君にじっと見つめられたら、行かない訳にはいかない。
…どうしよう。本当は、家あっちなんだけど。
* * *
よく分からない道を、微妙に前を行くスクアーロ君について歩く。校門を出てからずっと無言で、居心地が悪い訳ではないけれど、なんていうか。
どこか適当な所で、「あ、じゃあ私家こっちなんで」みたいな感じで帰ろう。このままだとどんどん家が遠くなる。
そう思ってさっきから曲がり角を探してるんだけど…こんな時に限って、小道の一本も見当たらない。
このまま延々歩く羽目になるのかと思い始めた頃、漸く脇道が見え…
「なぁ、天音」
「は、はい!」
急にスクアーロ君に話しかけられ、角を曲がるタイミングをすっかり逃してしまった。なんてこった。
そこで私は不可解なことに気がついた。
「あれ?スクアーロ君、なんで私の名前…?」
「てめぇだって俺の名前知ってんだろぉ、そんなもんだぁ」
「だってスクアーロ君は有名人だし…でも私は、そんなクラス外まで名前が轟くような有名人じゃない。」
「気にすんなぁ、悪名なんざ無ぇ方が良い」
いや気になるのは私の個人情報の漏洩元なんですが。
その時、私は前方にまた一つ曲がり角を見つけた。あそこで曲がれるかなぁ…
「んなこたぁどうでもいい。それより…てめぇに話がある」
「え、あぁ、えーと」
「天音、」
その時、スクアーロ君の目の色が変わった。元々とんがりまくっていた双眸に益々鋭い光が灯る。
ずん!肩をど突いた、というか張り倒してきたスクアーロ君にあらがえるわけもなく、私はみっともなくお尻から地面に崩れ落ちた。唖然としてスクアーロ君を見上げると…
スクアーロ君は、今正に怪しげな格好の大人と取っ組みあっていた。
え、誰?!というかこの人いつのまに。
そこで私は、その男がさっきの曲がり角から飛び出してきたことに気付いた。そんなどうでもいいことをぼんやりと考えているうちに、目前の乱闘にケリがついた。スクアーロ君が、自分より体格の勝る男を鮮やかな一本背負いでアスファルトに叩きつけたのだ。
その人はうっと低く呻いて気を失い、手からはカラリとジャックナイフが転げ落ちた。
「最近、うちの学校の生徒が通り魔にやられてる事件続いてただろぉ」
「…あ!」
ジャックナイフを取り上げながら放たれたスクアーロ君の言葉で、今朝のホームルーム連絡を思い出した。
「ったく、マフィア学校に通ってる奴が、この程度のカスに負けんなって話だぁ」
「でも狙われてるのは事務メインクラスの女子ばっかりだし…」
「あ”?んなもん関係ねぇだろぉ。護身もできねぇような奴、この世界じゃすぐにやられちまうぜぇ」
「そっか…」
スクアーロ君の言葉に納得すると、同時に不甲斐なさが込み上げてくる。さっき狙われてたのは、多分私。なのに私は、スクアーロ君に突き飛ばされるまで全然通り魔に気付けなかった。
この世界じゃすぐにやられちまうぜぇ
スクアーロ君の言葉は、紛れもない真実だ。
「私、こっちは向いてないのかなぁ…」
「…」
「確かに、この位の護身も出来なきゃ何処のファミリーだって使ってくれないだろうし」
「…」
「それ以前に、すぐ殺されそうだし…」
「…ふざけんなぁ」
低く言われたかと思うと、スクアーロ君の手が私の手首を掴まえていた。突然のことに動けないでいるうちに、鋭い目が私の掌をなぞる。痛くなる程握られた手首から伝わるスクアーロ君の手の感触が、思ったより硬くて驚く。
「ハン!この手じゃあ戦闘どころか護身もできねえよ」
鼻で嗤ったスクアーロ君に何も言い返せないまま俯いた。確かにこの手は、実力を付けようと努力した手じゃない。スクアーロ君の剣の柄に擦れた手とは正反対。
「…う”ぉおい?!泣くなぁ、そんなつもりで言ったんじゃねぇぞぉ!!」
「だ、だって…!わた、し…!」
何て女々しい。スクアーロ君も呆れているに違いない。自分の弱みを、ただ指摘されただけで泣くなんて。
「あのなぁ、」
「…っ、……っ、」
「…いいから落ち着けぇ!」
「ひっ!」
怒鳴られた勢いで、涙が止まる。何だこの涙腺、どうかしてんじゃないのか。
「確かにてめえの手は剣士向きでも、スナイパー向きでもねぇ」
「う、ん」
「けどなぁ、こんなペンダコ出来る位努力してる奴、そうそういないぜぇ?」
「…でもそんなの、殺されちゃったら意味無いでしょう」
「最後まで聞けぇ!!だからなぁ、そうなんねぇよう俺が守ってやるから心配してじゃねぇぞぉ!」
「…え!?」
「だからてめぇは、せいぜいその頭で俺の役に立てるよう努力しやがれ」
真顔で言いきったスクアーロ君は、それから急に顔を赤くした。あはは、真っ赤、なんて笑ってられない。私だって多分負けず劣らず真っ赤な筈だから。
どうしよう、俺が守ってやるって言われちゃった…!
スクアーロ君はまだ座り込んでいた私に手を貸して立ちあがらせてくれると、居心地悪そうに咳払いをして「帰るかぁ」と歩き始めた。今まで歩いてきた道を、逆方向に。
「え、あ、スクアーロ君、家、そっち…?」
「どうせてめぇも違ぇんだろぉ。あっちは袋小路だぁ。」
「えっ…」
ずんずんと歩くスクアーロ君。手首は掴まれたまま、なんだか手を繋いでるみたいに。
それから、二人の家が案外近いことが分かったり、本当にスクアーロ君が私を守ってくれたり、成り行きで一緒にヴァリアーに入ったり、色んな事があったけど。
今思えば、あの帰り道から全てが始まったんだと思う。
wrong way home
帰り道と、小さなKNIGHT