スクアーロ短夢

□これは愛ではありません
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問一  以下の文を本文中の語を用いて十字以内で適切に言い変えなさい。




 これは愛ではありません。





   *   *   *





「汝、この男スペルビスクアーロを、病める時も、悩める時も、永久に愛し抜くことを誓うか?」

「誓いません」



 凛とした声が、決して狭くない教会中に響いた。

 真っ白で、地味でも派手でもないドレスを纏い、背筋を張るその姿は神々しくすらある。

 逆光のステンドグラス、楽を止めたパイプオルガン、しばしの静寂。十字架の救世主が彼女を見下ろす。




「汝、スペルビスクアーロは、」

「愛さない」



 神父を遮ったのは、新郎その人。グラス越しの光に染められた白銀の長い髪が、身じろぎもしない彼のを彩ってさらりと流れる。



 誰も、何も言わない、誓わない結婚式で、新郎と新婦は視線を絡めた。








   *  *  *






「私、スクアーロのこと愛してないよ」



 割れそうなほど乾燥した空気から、一言で更に無水状態に。判断基準は目の前のスクアーロ氏の表情を参考に。ああ、やっぱり先週行った家電量販店で加湿器を買っておくべきだった。

 スクアーロは立ち上がりかけたり何か言おうとしたり、ともかくせわしなくしているが、その割にどの行動も未遂で結局座ったまま。その彼の前には、ほんの数十秒前に彼自身が乗せた小さな箱が一つ。ベルベットに包まれた金の刻印はイタリアで、つまり世界的に名のある某ジュエリーショップのイニシャル。

 きっと誰もが分かっただろうけど、一応その中身が婚約指輪であることを言っておこう。

 スクアーロのアクションを待っていたら大分かかりそうなので、代わりに私から話そうか。私の方が落ち着いているだなんて、いつもと正反対だ。



「例えばの話。スクアーロだけが任務に行ってて、帰りが何時になるか分からないとする。」



 ああ、相変わらずスクアーロの顔が渋い。綺麗な顔なのに勿体無いと常々思うけど、まあにっこり子供らしく笑うよりは似合っている。



「そんなとき私が寝ないで待っていたら、スクアーロは嬉しい?」

「…起きててくれんのは嬉しいが、」

「うん、優しいスクアーロは素直に喜べない。私のことを気遣って、次からは先に寝るよう言うと思う。」



 否定できないでしょ?だって間違いなくスクアーロはそう言う。雑な口ぶりで少し困ったように、でも確かに嬉しそうな表情が目に浮かぶようだ。



「本当にスクアーロを愛してる人なら、ちゃんと言われたとおりにすると思う。でも私は、その次も必ずおんなじことを繰り返すよ。例えそれでスクアーロに怒られても、何時までだって起きてる。」

「…」

「そうしたらスクアーロは、真っ直ぐに帰って来てくれるって分かってるから。真っ先に会いに来てくれるって分かってるから。私がスクアーロを待つのは、ただスクアーロに会いたいって言う自己中心的な感情を最優先にさせてるだけで、そこにスクアーロのことを気遣う余裕は欠片もないの。だからこれは、愛の定義と矛盾してる。結果私の中に愛なんて無いの。」



 分かった?スクアーロ、ここで私が指輪を受け取ったら、スクアーロは愛の無い結婚をすることになるんだよ。

 それでもいいなら、私は「Si」と答える。

 そこまで言って、私はスクアーロの異変に気がついた。…笑ってる、こいつ、笑ってやがる。しかもいつもの、ちょっと(見方によってはかなり)意地悪そうで、それでいて物凄くしっくりくる、私が(スクアーロ限定で)大好きな笑い方だ。

 ああ、胸がせわしない。スクアーロを直視したせいだ。さっきのスクアーロみたいに、そわそわしている。頬が火照る、寧ろ血管の芯がじんわりと熱を持っている。

 スクアーロの薄い唇が微かに開いて、また閉じる。今度は躊躇い故の動作ではなく、こちらをじらしているのがはっきりとわかった。だって、こんなに余裕な表情。こちらには、満足そうに歪んだ唇の意味を考える余裕もない。あっという間に、いつものポジションに逆戻りだ。



「んなもん、願ったり叶ったりじゃねえかぁ」

「…は?」

「じゃあ、決まりだなぁ!」



 元気よく立ちあがったスクアーロ、つられて私も私も腰をあげる。腕を引かれて何処へ連れられるのかと思いきや、引っ張り込まれて腕の中。

 ちょっと待って、展開が早すぎる。



「別に俺だって、てめぇを愛してるから一緒にいる訳でも、指輪渡した訳でもねぇよ。俺がやりたかっただけだぁ」

「そうなの?」

「あ”ぁ」

「馬鹿、そこは嘘でも「愛してる」でしょう」

「う”ぉおい!てめぇが言うなぁ!!」



 耳がジンジンする、けど、それさえ嬉しいような気がしてきた。恥ずかしくてぽんぽん軽口叩いてるけど、本当は凄くうれしいよ。だって、君と思想がお揃いじゃんか。



「Si」

「当然だぁ」

「うわぁ上から!!」



 でもそれも込みで好きなんだよ、とは言ってあげない。言わなくても分かってるだろうし、言った所で気持ち悪いだけだ。

 そうだな、これは愛ではない代わりに、正真正銘の一等品の恋であることは間違いない。
 




   *   *   *






 音は、無い。

 新郎が一見ぞんざいに、彼を知る人から見れば愛おしそうにヴェールを持ち上げる。およそ教会に似つかわしくない程荒く花嫁を抱きよせ、誓ってもいないのにキスを交わした。

 うっわ、教育にわりぃ、とどこかの王子が参加者の中で呟いたけれど、この場に教育を受ける必要のあるものはいない。大概みんなアダルトだ。キスを見慣れていないのは雷撃隊隊長ぐらいだろう。

 口を離した新郎新婦、恋人同士みたいに笑って抱き締めた。







問一  以下の文を本文中の語を用いて十字以内で適切に言い変えなさい。


解答)一等品の恋である

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