スクアーロ短夢

□鋼みたいですね
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「てめぇは隙がねぇよなぁ」


 言われ飽きた、もはや暗唱例文に近いそれをまた聞かされた私は、うんざりと目の前の男に目をやる。綺麗な顔をした綺麗な男だ。ただ、綺麗と言うには余りにも恐ろしい彼の本性を、残念ながら情報として持ってしまっている。

 惜しいことをした、知っているって損なことだ。何も知らなければ、こんなに緊張する必要は無かっただろうに。


「それはどうも」


 機械的に返すと、不服そうに眉根を寄せられる。何だって言うんだ、あんたは一体何を期待していたのか。まあ、知ったこっちゃない。

 隙が無い。マフィアである私への賞賛と、女である私への物足りなさの指摘。褒めながら貶せる便利な言葉で、今まで幾度も投げられてきた。何でも、庇護欲とか言う奴をそそられないんだとか。後、一緒に居ても落ち着かないらしい。


「知るかって話なんだよね、私からすると。別にあんたらに庇護してもらうつもりなんかこれっぽちもねーし、落ち着かせたいなんて微塵子ほども思っちゃいない。なのにさぁ、なんでみんなああも無駄な報告してくるのかなぁ。いちいち要らねぇよ、って言ってやりたいね」
「なんだぁ?それで男に捨てられでもしたかぁ?」
「まさか。そう簡単に拾われたり捨てられたりする程カルくできてないもの。あんたがしょうも無いこと言いだすから、嫌なこと思い出しちゃっただけ」
「悪かったなぁあ”!」


 むすっ。擬音が付きそうなほど分かりやすくむすくれる銀髪。止めろよ可愛くないんだから、って、案外可愛かったから言いそびれてしまった。


「まあ、私も相当なもんだよね。あんたに言われてる時点で、終わってる。」
「なんだぁ、喧嘩売ってんのかぁ、よぉし表に出ろぉ」
「私を籠絡して、情報引き出さなきゃいけないあんたにまで言われてさ。」
「…違ぇねぇ」


 驚きも否定もせずに、ただ不敵に笑って見せたスクアーロ。普通、そういうのバレたら焦るものじゃない、多かれ少なかれ。流石は独立暗殺部隊ヴァリアー次席、と言った所か。

 本当は最初からわかっていたのだ、何のために彼が近づいてきたのか位。ただそれを振り切るのが面倒だったから、これまで好きなようにさせておいた。割とさっぱりとした関係だったし、そういう話相手がいるのも悪くは無い。段々そう思うようになった。

 でも、冒頭の一言で全部冷めた。

 何もわかっちゃくれない。隙が無い私なんて、必要だから作っただけの私に過ぎないのに。そんな、何度も味わった失望を彼には感じたくなかった。

 お互いパーソナルデータやら表面的なことしか知らない、それ以上に踏み込まない関係だと割り切っていたにもかかわらず、こんなにも失望感が大きいだなんて思いもしなかった。


「で、これからどうするつもりなの?もう諦めてヴァリアーに帰る?それとも拷問でもしてみる?多分、他の人間に近づいて聞きだした方が楽だとは思うけど。」


 半分冗談で、残りは親切心だ。スクアーロなら、それこそ大概の人間を簡単にオとせるだろう。上手くやれば男だってオとせると思う。まあ、それはどうかと思うけど…

 何て答えるだろうか、スクアーロは。この手の冗談は二人の得意分野だった。半分冗談、半分本気。


「いや、このまま作戦を続行する。」


 答えたスクアーロの顔は、冗談みたいに色っぽい。流石はこの任務に充てられただけの事はあるな、なんて。


「あははっ、流石にそれは、いくらスクアーロでも無理がある。ナンセンスにナイスなジョークだね」
「何がだぁ、俺は本気だぜぇ」


 がたん。スクアーロが立ち上がる。

 ああ、そう言えばここは、たっぷりと春の恩恵を受けたカフェテラスだった。今まで意識の外に置いていた「周囲」が一瞬のうちに知覚され、同時に自分たちを俯瞰するような感覚に陥る。ズームアウト、客観視、主格分離。周りから見たら、修羅場のカップルにでも見えるのだろうか。

 スクアーロへの意識が希薄になったその一瞬で、気付けば私は日陰にいた。日差しを遮るスクアーロ。動くことは許されない。

 すらりと伸びた上半身を屈めたスクアーロの、無機質な左手が私の後頭部を捕らえる。

 殺される。本能的にそう思った。リボルバーを忍ばせたハンドバッグに指が伸びる、伸びただけ。至近距離から捉えた銀白色の瞳孔に捕まって、動けない。

 視界の下端で開いた薄い唇、零れた周波数に完全に主導権を奪われていた。


「てめぇは俺から逃げられねぇ。ぜってぇ堕としてやる」
「…隙は、無いんでしょう?」


 情けないほど震えた声が言葉と矛盾する。にっと口角を上げて見せたスクアーロ、何ていう悪人面だろう!背筋をぞくぞくと、走る。


「その方が、堕とし甲斐があんだろぉがぁ」


 低く、艶やかに為された勝利宣言。文字通りの目眩が襲う。いつの間にか解放されていたことにも気付かない位、魅せられていた。魅せられていた?


「ったく、とんだタラシだよ、あんたは…」


 上擦った声で罵倒して見ても、にやにやと笑われるだけ。

 くそっ!!!何てことだ!!!こんな奴に引っかかるなんて、人を見る目がつくづく無い。

 精一杯平静を装ってツンと逸らした目が実は一番の正直者で、その時にはもうスクアーロのことしか考えられなくなっていた。どうやったら飽きられないかな、なんてね。



 ごめんなさい、私そのうちヴァリアーに寝返ってしまいそうです。



 全く、これのどこが「隙が無い」って?スキだらけだよ馬鹿野郎!!なんて、怒鳴りつけたい節穴どもが身近にいないので、取り敢えず精一杯つれない態度を演じてやった。

 ああ、味なんか全然分からないけど、冷めきったエスプレッソの何て甘ったるいこと!

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