ぎんたま

□前しか見えない話
1ページ/1ページ





※過去捏造





柳生屋敷に呼び出され、妙は九兵衛が修行の旅に出たことを聞かされた。
それは突然だった。
ある日九兵衛がいきなり修行の旅に出たいと言い出し、回りの反対の声も聞かず、その次の日には出発したらしい。
左目を失ってから、九兵衛は誰よりも強くなるということに盲目的になっていた。
なのでいつかは、こうなるのかもしれないと覚悟していた。
しかし、現実に起きてしまった時のショックは相当なもので、妙は九兵衛からの書き置きを受け取った時に思わず泣き出してしまった。
九兵衛が、強くなりたい、強くなるなら何でもすると、それだけを追い求めるようにになったのは、自分のせいだ。
危険を犯して、盲目的に、もう九兵衛は妙のことしか見えなくなっている。
「九ちゃん」
胸が痛い。本当に針を刺したように痛い。
九兵衛が自分を見つめる瞳に耐えられない。
私はそんなにすごい人じゃないの。
「あれ? 君、若の友達の……妙ちゃんだよね。こんなところで何してんの」
「えっ」
はっとして辺りを見回すと、妙は柳生屋敷の奥まったところにいた。
話を聞いて、帰ろうとしたのはいいものの、考えごとに夢中で迷ってしまったらしい。
どうしようとおろおろしていると、青年に手を捕まれて引っ張られた。
「ちょ」
声をあげたがぎゅうと強く握られた。静かにという意味だろうか。
妙は黙ってついて行った。





一番小さな北門にたどり着くと、青年は妙の手を離した。
北門は竹林に囲まれており、日没はまだ少し先だが辺りは水に墨をとかしたようにうっすらと暗かった。
妙は青年の顔を見ようとしたが、暗くてよくわからなかった。
「なあ、妙ちゃんさ。若のこと好き?」
青年がぽつりと言う。なんだか寂しそうだったが、表情やはりわからない。
妙はうなずいた。友達として、九兵衛のことは大好きだった。
すると、青年はほっとしたように息を吐いた。
「よかった。嫌いだとか言われたら、何のために若があんなことしてるかわかんねーよ」
柔らかい調子の声に妙は安心する。
「貴方は、九ちゃんの事をとても心配してるんですね」
「あたりめーだ」
薄暗いなか、妙は青年の瞳がぎらりと光るのを確かに見た。
その光は、強い意思と諦めが混じりあったような、屈折した光だった。
「俺は、きゅーちゃんのことが好きなんだ」

その光を九兵衛が見ることは決してないのだろう。
青年も妙も、そのことを痛い程理解していた。
けれど前しか見ることが出来ない。自分たちはなんて馬鹿なのだろう。
大人になったら少しは変わるのかな、と妙はぼんやりと思った。



end

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ