ぎんたま

□のろいのことば
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「すきだよ、きゅーちゃん」
耳元でささやくと、あの娘は幸せにとろけるように微笑んでくれる。
これはのろいのことば。あの娘を天に帰さないためのはごろもだ。
あの娘がどうしようもなくひとりぼっちで悲しいとき、
「ぼくは、どうしたって、おとこのこになれない」
例えばあの娘とみんなの願いが叶わないとき、
「こんなに、こんなに、がんばっているのに」
例えば左目が二度と光を通さなくなったあのとき、
「ぼくは、うまれてこないほうが、よかったんだよね」
ことばは十分すぎるほどあの娘の心にしみこんでいく。
しかし効きすぎる薬は毒になる。このことばはあの娘の体によくない。幸せはひとときだけしか続かない。
あの娘のさみしい心に、見かけだおしの優しさは突貫工場をするだけだ。
それはよく知ってる。知りすぎて苦しいくらいだ。
「きゅーちゃん」
そっとあの娘の髪をなでる。あの娘はびくりと震えたけれど、逃げない。のろいのことばは恐ろしいほど効いている。
そのままあの娘の体を抱き寄せた。腕の中であの娘はずっと震えている。服が濡れた。あの娘は泣いているのだ。
あの娘はずっとひとりきりで戦っていた。だからさみしくて、優しさに飢えている。
俺はその飢えにつけこんでいる。あの娘のことがずっと好きで、守りたかったからだ。生真面目で頑なあの娘を振り向かせるには、これしかなかった。
どうしようもないやつだと自分でも思う。
でも、のろいのことばを吐かずにはいられない。
耳元に口を寄せる。
「きゅーちゃん、好きだよ。俺がずっと一緒にいてあげるからさ」
腕の中のあの娘は震えるのをやめて、俺の服をぎゅっとつかんだ。涙でぐしゃぐしゃな顔をあげて、痛々しいほどに明るく微笑む。
それをどんなことをしても見たいはずなのに、いつでも苦しくなる。こんなあの娘は見たくない。
「ありがとう。粋ちゃん」
そして同時に、あの娘が望んでいて、俺も望んでいるならそれでいいのかもしれないと錯覚するのだ。
そんなことは、あり得るほうがおかしいのに。





end




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