ぎんたま

□しわとしわを合わせて
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※過去捏造

「ぐすっ、ひっぐ、こわいよう」
草木も眠る丑三つ刻。
柳生屋敷の奥の奥、つかわれなくなった道具がおかれる納屋に、柳生九兵衛は閉じ込められていた。
今日の稽古で、父親と祖父に反抗して、
「とうしゅになんかなりたくない!」
と言ってしまったのだ。
もちろん本気ではない。当主になれることを誇りに思っている。
ただ、ちょっとだけ反抗してみたかった。こんなに怒られるとは思っても見なかった。
柳生家当主になるとは、生半可な覚悟でなるものではないのだとわかった。
そう、それはわかった。
だから、こんなところに閉じ込めなくてもいいんじゃなかろうか。
「うええぇ。こわいようこわい」
柳生九兵衛御歳五歳は、こわがりなのだ。
こんな真っ暗な納屋にひとりきりで、一晩など過ごせるわけがない。
かすかに柱がきしむ音でとびあがり、とおくで鳥の声がすれば泣きわめく。
いつか気絶するのではないだろうか。
ギィ……!
ひときわ大きな音が、納屋に響き渡った。
「ぎゃわー!!」
「ちょっきゅーちゃん静かに」
この声は聞いたことがある。
「すい、ちゃん?」
九兵衛の世話役、秘密を知っている4人の男の子の一人、柳生流門下、南戸粋だ。
3つ上の彼と九兵衛は親しく、名前でよびあう仲である。
月明かりの下南戸はにやりと笑った。
「よう、なきわめいてるんじゃねえかと思って、笑いにきたぜ」
「ひどい!」
「あはは冗談だよ。東城さんにいわれてさ、きゅーちゃんの様子みてこいってさ」
「ほんとう?」
「ホントホント。おれがいままでウソついたことあったか?」
「いっぱい」
「うわぁひでぇきゅーちゃん」
南戸がやってきたとたん、納屋の空気が明るくなった。いままであんなにこわかったのがウソのようだ。
「怖かったろ、大丈夫だぜ、おれがいいこと教えてやる。手だして」
「? こう?」
九兵衛は南戸に向かって、手をつきだす。
その小さな手のひらに、南戸は自分の手のひらを重ね合わせて、ぎゅっとにぎる。
「しわとしわをあわせてしあわせ。どうきゅーちゃんしあわせになった?」
涙でぐしゃぐしゃの顔に、微笑みが咲いた。
「……うん。ありがと。すいちゃん」





end





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