ぎんたま

□ロリコンと猪女2
1ページ/1ページ





その日の夜、武市の部屋にやってきたまた子はべろべろに酔っていた。
「へーんたーい」
地獄の底から這い出るような声で、また子は武市の背中に抱きつく。
「うっわ酒くさっ」
仕事をこなしていた武市は思わず鼻をつまむ。
また子の口から女が出すとは思えない臭いがする。
「お返しくれよ、へんたい」
何がおかしいのかげらげら笑って、また子はぎゅうぎゅう武市に抱きつく。
これは相当飲んだな、と武市はぽりぽりと顔をかいた。でなければこんな風にくっついてくる訳がない。
「お返しですか? はて私何かまた子さんから貰いましたかね」
また子の酒癖が悪いのはわかっているので、無視すれば何するか分からない
まあ胸が当たるのは悪くないし。つるぺたじゃないけど。
武市はそんな危ないことを考えながら仕事をこなし、また子の相手をする。
「ああ? もうボケたんスかァ? バレンタインにあげたでしょー」
また子は、ぐりぐりと武市の背中に頭をこすりつけた。
「………」
武市は一瞬だけ考える。
バレンタイン。
ああ、あれか。
あの不名誉なアレ。
そういえば今日はホワイトデーか。
「あげたって、あれ義理なんでしょう。勘違いとかキモいって言ってませんでしたか」
猪女と言われるだけあり、力が強く痛い。書類に書いていた文字が歪んだ。
「……わかりましたよ。何が欲しいんです」
武市はため息を吐いて、駄目になった書類をぐしゃと丸めた。
「………」
また子は黙っている。
「また子さん?」
「ぐすっ」
背中から鼻をすする音がした。武市は振り返りまた子の顔を覗き込む。
「どうしたんです」
「し、晋助さまに本命チョコあげたけど、お返し貰えなかったっス。ほんとに返ってくるとは、思って無いけど、でも返って来なかったらなんか、かなしいっス」
嫌われてるのかな、そうぽつりと言って、また子はぼろりと大粒の涙をこぼした。
それで酒を大量に飲んだのか。そしてぐちることのできる武市のところに来たのだ。ショックなことがあるといつもまた子はこうなのである。
高杉がまた子を相手にしないのは、まあいろいろ理由はあるだろうが、一番は大義があるからであろう。また子もそれはわかっている。
それでもまた子は精神的にまだ恋に恋する少女で、理解したくても出来ないのだろう。
好きな人に素敵なことをしてもらいたいのだ。
武市はため息を吐いた。まったくなんだかんだと世話の焼ける小娘だ。
「また子さん」
頭を撫でてやる。また子は鼻水や涙でしわくちゃになった顔をあげた。
「次頑張ればいいんですよ次。頑張ればいつかあの人もまた子さんを見てくれます」
月並みな励ましだったが、それでまた子はいいのである。長年先輩と慕う武市の言葉を、なんだかんだ言いながらまた子が結構信頼し、頼っているのを武市は知っている。
また子の顔が更に歪む。
「へんたぁい」
「この状況で変態言うのやめてくれますか猪女」
多少いらっとして武市は言う。いつまでたってもこれが治らない。
わああんとまた子は声をあげて泣き、武市の胸に抱きついた。
「やれやれ」
武市はいつもの無表情でつぶやき、また子の背中をぽんぽんと叩いてやった。



end




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ