ぎんたま

□リボン
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倉で探しものをしていると、懐かしいものが出てきた。
赤く細長いリボンだ。九ちゃんきっと似合うわ、と、むかし妙がくれたものである。
手にとると、するりと心地よい肌触りを残し、リボンは地面に横たわった。
こんな派手な色、似合うわけがない。九兵衛は苦笑し、布を拾う。
男になれ、と父や祖父が言った意味を、ようやく理解した今でも、やはり女の格好には抵抗がある。
当時の自分ならなおさらだ。だからこんな倉の奥深く、逃れるように納めていたのだろう。
捨てなかったのは、妙がくれたものだからが6割、男になれない焦りと女への憧れが2割ずつ、といったところか。
「………」
思いのほかこのリボンは触り心地がいい。
せっかく妙がくれたものだから、部屋に持って帰ろうかな。せっかく妙がくれたものだから。
良い考えだと、九兵衛の口元に笑みが浮かぶ。
整理をすべて終え、九兵衛はリボンを懐にそっとしまい、倉を出た。




九兵衛の部屋は殺風景だ。
小さな机、小さな鏡台しかない。
赤いリボンを机に置き、九兵衛は息を吐く。
さて、どこにしまっておこう。
やはり引き出しだろうか。
誰かに見つかると厄介だ。昔のように叱られることはないが、気恥ずかしい。
いつの間にか九兵衛は、またリボンを手にしていた。感触が滑らかで、気持ちいいのだ。
無意識に指を動かしている。こんなところ誰かに見られたら、憤死してしまいそうだ。
そう思った矢先、
「若ー」
「う、わあああっ」
背後から声をかけられて驚いた。
驚きすぎて、リボンを落としてしまった。
南戸が廊下から部屋を覗いていた。九兵衛の声に驚いたのか、目を丸くしている。
「えーと、東城さんが、探してましたよっ、と……ん? リボン?」
「わわっ!!」
見られた。
しかもいちばん見られたくない相手に!
九兵衛は顔を真っ赤にしながらリボンを拾い上げた。
「………」
黙ってその様子を眺めていた南戸は、頬をぽりぽりかいている。
たらしの南戸に、こんな話題を与えればからかわれるに決まっている。
夏でもないのに、九兵衛は汗をだらだら流した。
「それ」
「!」
南戸が口を開くと同時に、九兵衛はびくりと身体を震わせた。
その反射はもはや動物である。猫のように全身の毛が逆立つ。
「買ったんですか?」
ぶんぶんぶんと顔を横に振る。
「じゃあ貰ったんだ。お妙ちゃんからかな。なるほどなあ」
「ど、どうして分かるんだ」
「若の様子見てたらわかりますよ」
南戸は、にや、あまり品のない笑顔を向ける。
そのなかに色を感じとり、九兵衛はまた、ぼっ、と顔を赤らめた。
ああこいつは苦手だ。
あんなに剣は弱いのに。
勝てないなら退散するに限る。九兵衛はリボンを懐にしまった。
「あれ、しまっちゃうんですか? つけないの?」
「だれがつけるか。東城が探しているんだったな、すぐ行く」
大股で歩いて、九兵衛は部屋を出る。
南戸の脇を通り抜けようとして、
「待ってくださいよ若」
よびとめられた。
正直なところ、気まずくて仕方ない。
だから話などしたくない。
しかし九兵衛は南戸を見る。
「なんだ」
「東城さん喜ぶんじゃないかなーと思うんすけど。いや出血多量で死んじゃうかもなァ」
自分で言っておかしかったのか、南戸はくすくす笑っている。
なんだか不快だ。九兵衛は眉を寄せた。
「せっかく綺麗なんだし、つけたらどうです」
へらへらと気安く動く口が憎い。
主人と臣下の関係を、こいつはなんだと思っているんだ。
綺麗など、主人に向かって言う言葉では……。
「え、あ、綺麗って、無礼だぞ!」
「いやリボンのことが綺麗ってね。わきまえてますよそれくらい。そーんな、若はすげえお綺麗ですけど、俺なんかが言えませんよ恐れ多い」
「……なっ、あの」
南戸はにやにやしている。
またからかわれた!
ほんとにこいつはもう!
九兵衛は頭に血が昇るのを感じた。
「南戸! いい加減にしろ!」
「あはは、すいません。若があんまりかわいいもんで」
「………」
もう知らない。
むかむかする。
九兵衛は南戸を無視して、すたすた廊下を歩き出した。







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