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□それぞれの想い
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「空也さん、これを」

開店の支度をしていた時、ホストのひとりが一枚の紙を差し出した。

「なんだ?」
「インディゴの中傷チラシです。渋谷のあちこちでバラまかれていました」

「そうか」

空也はそれだけ言った。
しかし目はある一行に釘付けだった。

『インディゴ店長はホストとデキている』


――くだらない。


空也はそう思いながらも、頭をある人物の姿がよぎったのに気づき、自嘲気味に唇の端をあげた。

まさか、憂夜さん――?


ただの中傷だ。
ないことばかり並べ立てているにすぎない。

しかし、空也の頭の中の人物はなかなか消えてはくれなかった。

インディゴ店長である晶とマネージャーである憂夜が強い信頼関係で結ばれているのは周知の事実だ。

晶がさらわれたとき、静かな怒りを燃やしていた。表には出ない彼の怒りは、横にいた空也に刺さるようだった。


憂夜さんと晶さんは、もしや、すでにそれ以上の……

そこまで考えて、空也はゆるく首をひと振りした。

もしそうでも関係ない。
僕は、僕なりに晶さんを愛しているのだから――




********



「ちょっとちょっと、これこれこれ…これなあに?」


そのチラシは、店が荒らされて大騒ぎしていたところへ、さらに大騒ぎしながらなぎさママが持ってきたものだった。

渋谷中でバラまかれているらしい。
晶がテキパキとホストたちにするべきことを指示している。

憂夜は文面を眺めた。

よくもまぁこれだけあることないこと書いたものだと感心しながら。



『インディゴの店長とホストはデキている』


しかし、そんな一文に憂夜は目を奪われた。

インディゴのホストたちの様子を見ても、晶の様子を見ていても、そんな素振りは全く見られない。

ただの中傷なのだから、事実ではないのだ。

それは理解している。

しかし憂夜は、ホストの文字で、新宿のホスト・空也を思い浮かべた。


晶がさらわれたとき、誰よりも必死になって助けようとした空也。
マネージャーである憂夜はなかなか晶との距離をつめる決心がつかない分、外にいる空也は自分より晶と近いのかもしれなかった。

晶と空也がもし…

そう考えて、憂夜は目を伏せた。

しかしその次の瞬間には目を開いて、そこには鋭い光が生まれていた。



空也がどうかなど関係ない。
俺は店長をそばで支えたい。
笑っていてほしい。
怒っていてほしい。

そのためなら、誰とでも戦おう。


空也、たとえお前とだろうと――




end

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