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□鬼か仏か
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開店準備中のclub indigoは相変わらず騒々しい。

「憂夜さん、ちょっといい?」

晶が、事務所から出てきてドアを閉めた。


階下で犬マンと話していた憂夜は
「はい。今上がります」
と返事をして、犬マンに断りを入れた。

「あ、いいよ。私が降りるから」

そう言って螺旋階段を降りようと足を踏み出したとたん。

「あっ店長っ!43万円が来たっ!」

ジョン太が突然大きな声を出して叫んだ。

「えっうそっ!」


晶は犬が苦手である。
ちっとも懐かない43万円こと、なぎさママの愛犬・まりんは特に苦手なのだ。
もちろんここにはまりんはいない。
犬嫌いな晶への、いつものジョン太のいたずらだった。



「えっ、ちょっ、わっ」

びっくりした晶は、階段を降りようと踏み出していた足を踏み外した。
あわてて螺旋階段の手すりを辛うじて掴んだが、勢いがありすぎて前のめりになりながら。



晶の体は手すりを乗り越え、落下していった。



「店長っ!」


憂夜はすぐさま駆け寄り、

晶の体を衝撃とともに受け止めた。
が、さすがにこらえきれず自分も床に倒れ込んでしまう。


「店長!大丈夫ですか?」

自分の上でうつ伏せに倒れている晶は、どうやら気を失っているらしかった。


「店長!」

呼びかけても反応がない。
もしかしたら落ちた衝撃で頭でも打ったのかと、憂夜は不安になった。

「店長!」
「…憂夜さん…」
再びの呼びかけは届いたのか、晶が目を開いた。
「大丈夫ですか…?」
「…憂夜さん…まりんは…?」
憂夜にしがみついたまま、晶は尋ねるた。

憂夜はそっと息を吐いた。
「大丈夫、いません。ジョン太のいたずらです」

「いたずら…良かった…」
晶は安堵の息をついたが、ますます憂夜にすり寄った。


「…店長。」
「ん」
「みなが見ています」
晶の耳元で囁いた。
「…立てないし。恥ずかしくて顔があげられないんだよね…」
しかし晶からの返事は
なんともかわいらしいもので。


憂夜は、ことさら優しい微笑みを浮かべると、晶の体を抱き上げる。

そしてみんなに聞こえるような声で、
「店長、上へ行きますよ」
そう言った。

「ジョン太」

名前を呼ばれたジョン太は、

「ハイ」

と、小さくなりながらも返事をした。

他のホストたちも、憂夜のその声の冷たさにギョッとした。


「次はないぞ」


憂夜は射抜くような瞳でジョン太を見ると、晶を抱えて階段を上がっていった。


「…ハイ…」


背筋の寒くなったジョン太は、特に晶がらみで憂夜を怒らせないようにしようと誓ったのだった。






end

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