薄桜鬼長編

□肆ノ巻
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その日の夕方から、屯所は急に騒がしくなった。

そして日が沈んだ頃になると、さらに屯所の中は騒がしくなる。



「さ――じゃなかった、光太郎君!」

廊下を走っていると、千鶴に呼び止められる。

「何かあったの?何だかみんな、ばたばたしてるけど……。長州の間者って人から、何か情報でも聞き出せたとか?」

そう……今日巡察に出ていた総司が長州の間者せある古高を捕まえてきて、夕方から屯所中がばたばたとしていた。

……本当はもう少し泳がせておきたかったんだろうけど、ね……。捕まえてしまったものはしょうがない。それならそれで、動くまでだ。



「あぁ……今夜、長州の奴らが会合するらしい。で、俺達は討ち入り準備中ってわけ。騒がしくてごめんな」

「いや、それは大丈夫なんだけど……」



新選組は二つの隊に分かれて、別方向から町中を探索する。池田屋に向かうのは近藤さん達、十一人。四国屋に向かうのは土方さん達、二十四人。

「土方さん達の行く四国屋が当たりっぽいよ。……俺は逆方向だから、ちょっと残念だ」

土方さん達の向かう方向が本命っぽいから、そっちの班の人数を多くしたのだ。

……ちっ、あたしも不逞浪士達を捕まえたかったぜ。



「……動ける隊士は、三十人ちょっとなんだ……」

討ち入りに行くとはいえ、新選組の状態は万全とはいえない。

季節や気温やその他諸々のせいで、ここ最近病人が多いのだ。討ち入りに割ける人数も決して多くはない。

はぁ、とあたしがため息を吐くと、千鶴はますます不安そうな表情を浮かべた。

「会津藩や所司代にも連絡入れたんだけど、動いてくれる気配無いんだよなぁ……」

「……大変なんだね」

もっと隊士が揃っていて、他の連中も動いてくれればもっと事は楽に進むだろうに……。

まぁ何にせよ――。



「……長い夜になりそうだ」

























――戌の刻。

あたし達は、池田屋に到着した。

周辺を走り回った平隊士が池田屋の前に来て、あたしが報告を受けていた時――。



「……こっちが当たりか。まさか長州藩邸のすぐ裏で会合とはなぁ」

「僕は最初からこっちだと思ってたけど。奴らは今までも、頻繁に池田屋を使ったし」

「だからって古高が捕まった晩に、わざわざ普段と同じ場所で集まるか?普通は場所を変えるだろ?常識的に考えて」

「じゃあ、奴らには常識が無かったんだね。実際こうして池田屋で会合してるわけだし?」

新八っつぁんと総司は、世間話のような軽い口調で話していた。やっぱりこの二人も緊張はしていないみたいだ。



……しかし、まさか池田屋とは……ね……。長州の連中にも、多少は頭の回る奴がいるってことか。

あたしが報告を受け終わったのに気づいて、平助が駆け寄って来る。



「どうだ?」

「ん……会津藩も所司代も、まだ動いてないらしい。この辺りには、だ〜れもいないってさ」

あたしが返答すると、平助は顔を歪めて舌打ちした。

「日暮れ頃にはとっくに連絡してたってのに、何やってんだよ……」

「落ち着けよ、平助」

新八っつぁんは、少しの焦りも見せずに笑った。

「あんな奴ら役に立たねぇんだから、来ても来なくても一緒だろ?」

「そうそう。むしろ俺達の足を引っ張るかもしれないし、暗闇で不逞浪士と間違って斬っちまってもあとあと面倒だ」

「……だけどさ、新ぱっつぁん、光太郎。オレらだけで突入とか無謀だと思わねーの?」

「ま、そりゃそうなんだが……何にせよ、俺らに出来ることをするだけだ」



結局、あたし達は援軍を待つことになった。





――だがいくら待っても、役人達は現れなかった。





――亥の刻。

ふと、あたしが空を見上げると、池田屋に着いた頃より随分と月も傾いている。

「……さすがに、これはちょっと遅すぎるな」

「近藤さん、どうします?これでみすみす逃しちゃったら無様ですよ?」

それまでずっと沈黙を守り続けていた局長は、不意に立ち上がった。

そして――近藤さんは池田屋に踏み入った。



「会津中将お預かり浪士隊、新選組。――詮議のため、宿内を改める!」

高らかな宣言に、小さな悲鳴が続いた。



「わざわざ大声で討ち入りを知らせちゃうとか、すごく近藤さんらしいよね」

総司が声を弾ませて続く。

「いいんじゃねぇの?……正々堂々名乗りを上げる。それが、討ち入りの定石ってもんだ」

新八っつぁんの声色からも、わくわくしているのが伝わってくる。

「自分をわざわざ不利な状況に追い込むのが、新ぱっつぁんの言う定石?」

そう言う平助の声も軽い。彼もみんなと同じ気持ちのようだ。

「あはは!上等上等!要するに、勝ちゃいいんだよ!」

あたしも彼らに続いて楽しげに笑みを浮かべた。

不謹慎なのは分かっているけど……少なくとも新選組幹部で、自分の力を実戦で試せることに心踊らない奴なんていないよ!!



「御用改めである!手向かいすれば、容赦なく斬り捨てる!」




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