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□カゲロウデイズ
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8月15日の午後12時半頃、ソーマは一人音楽を聞きながら自転車をこいでいた。
特に目的は無い。ただ父の友人が来てうっとおしいから家を出て来た。ただそれだけ。
今から友人と遊ぶ気には何となくなれず、どこに行くでもなく、自転車をこいでいた。
空からはギラギラと太陽が照りつけ、地面は陽炎がゆらゆらと揺れている。しかし自転車をこいでいる為、風が当たって心地よかった。
さて、何をしようか……。そう考えていた時だ。
「ん?」
ある人物が目端に映った。ベンチに腰掛けて、黒い猫と戯れている。ソーマは自転車を止め、その人物に近づいた。
「セツナ、こんな所で何してるんだ?」
そう、その人物とは幼なじみで同級生の桜井セツナだった。声をかけてきたのがソーマだと分かり、やほーと言って笑う。
「今日はアリサと買い物に行くんじゃなかったのか?」
ソーマがベンチに座ってそう尋ねると、セツナは苦笑しながら答えた。
「それがさ、コウタのバカが風邪ひいたらしくて……看病に行っちゃった」
「……あぁ、夏風邪はバカがひくって言うからな」
思い出したようにソーマが言うと、ひど〜いと言いながらクスクス笑う。
「というか、このくそ暑い日によく外に出てられるな」
「え?あたし暑いの嫌いじゃないよ?。…………でも……」
最初は笑顔で言っていたが、最後の方は表情を曇らせた。
「……夏は、嫌いかな」
ふてぶてしく、小さな声で呟く。
「……セツナ?」
様子がおかしいことに気づき、心配そうに名前を呼ぶと――
にゃあ……
猫が小さく鳴き、セツナの膝から飛び降りた。
「あ、待って!」
それをセツナは追いかける。まるでそれが当然であるかのように。
「おい、セツナ――!」
子供のような幼なじみの行動に呆れ半分、先程の表情を思い出して心配半分で再び名前を呼ぶと、ソーマは違和感に気づいた。
――信号が赤へと変わり、トラックが走ってくる。
「っ!?セツナ!!戻れ!!」
いつもは出さないような怒声にも似た大声を出し、彼女に向けて手を伸ばす。
しかし――
ドカッ
鈍い音が響き、ベシャッと何かが叩きつけられる音と、何かが飛び散る音が同時に聞こえた。
ソーマの視界にはひたすら赤赤赤赤赤。
そしてその赤の中心にいるのが――セツナ。
彼女の身体から溢れ出る赤い雫と、彼女が好んでつけている柑橘系の香水が混ざり合い、非現実的な香りが彼の嗅覚を刺激する。
「……う、そ……だろ……?」
あまりにも凄惨なその光景に耐えきれず、ソーマの足から力が抜けた。セツナの手を掴むことが出来なかった彼の右手だけが、虚しく宙に浮いている。
「……嘘だ……こんな、こと……」
『嘘じゃないぞ』
――瞬間、彼の耳に声が届いた。いや、脳に直接響いた、と言った方が正しいかもしれない。
振り返るとそこには――
「…………俺?」
『ソーマ』が立っていた。半透明で、瞳に光が灯っていないところ以外は鏡を見ているかのようにそっくりだ。
その『ソーマ』はまるでアスファルトの上でゆらゆらと揺らめく陽炎のようだった。
『ソーマ』――カゲロウは、何が可笑しいのかひたすら顔に笑みを浮かべている。
蝉の声が聞こえ、ソーマの視界は真っ黒に暗転した。
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