緋色の欠片長編
□第二章
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「見てない」
「見てた」
「見てない!」
「いーえ!見てました!」
目の前でガツガツとお弁当を食べながら拓磨と珠紀が言い争っているのを、あたしは面白半分、呆れ半分で見ていた。
英語の時間から珠紀の機嫌は非常に悪い。原因は普段はぐーすか寝てるか窓の外をぼーっと眺めている拓磨が、前を向いて授業を受けていたこと、なんだけど……。
どうやら珠紀は、拓磨がその英語の先生に見惚れていたと勘違いしているみたいだ。……拓磨はあの人の様子をうかがってただけで、他の男子みたいに見惚れてたわけじゃないと思うんだけど……。
「……お前ら、何やってんだ……」
やや呆れた調子で弘兄がそう言う。その隣の祐兄は、我関せずとでも言うように、ぼーっと景色を見ていた。
「ちょっと聞いてよ先輩!拓磨ったら、英語の時間ずーっと真面目に授業受けてたんですよ!」
拓磨を指差しながらそう言う珠紀に、んん?と弘兄は眉をひそめた。
だよね、授業を真面目に受けることは普通に考えればいいことなんだし。
「さぼって怒られるならまだしも、何で真面目に授業受けて怒られんだよ」
「でれでれしちゃってさ!そんなんで守護者なんて務まるわけないじゃない!」
珠紀がそう言うと、ハッと気がついたように弘兄が顔を上げた。
「フィオナ先生のことか!」
「さすが弘兄。美人のことに関してだけは、頭の回転速いね」
猛然と立ち上がる弘兄に、あたしは嫌みをぶつける。
だが、今の弘兄には拓磨しか目に入ってないようだ。
因みに「フィオナ先生」とは、あたし達の学校の英語教師で、金髪碧眼スタイル抜群で性格もサバサバしているうえに優しい……という正に完璧な先生で、弘兄がかなり慕って(惚れて?)いる。
「拓磨お前!あんな美人を独占しようとはどういう了見だ!ぶっ殺す!」
バシッ
飛び上がる拳を、拓磨は迷惑顔で受け止める。
「だからそんなじゃないすよ!」
拓磨がそう言っても弘兄は聞く耳を持たず、あっという間に取っ組み合いに発展した。まぁ見慣れた光景なので、放置することにする。
そして、珠紀は明らかに不機嫌な顔で口を開いた。
「……フィオナ先生って、そこまで美人?」
珠紀の言葉に、取っ組み合っていた二人がそのままの体制でピタリと止まる。
「お前よりはいい女だろ。……いや、比べる方が失礼か」
「それは言えてる」
お互いに手を離し、弘兄はうんうんと頷きながら、拓磨は小さく笑いながらそう言った。
「同感だ。あの人は、心根の綺麗な、いい人だと思う」
おいおいおいおい!君らどんな目してるんだ!?確かにあの人は美人だけど、珠紀だってめちゃめちゃ可愛いだろうがっ!
てか祐兄!何でさっきまでぼーっとしてたくせに、フィオナ先生の話題にだけ食いついてんの!
女の子……しかも大事な玉依姫様への暴言と侮辱……許すまじ!
バキッ
そんな怒りの気持ちが手にもこもったのか、あたしの箸が真っ二つに折れ、四人の視線が突き刺さる。
「……てめぇらどんな目ぇしてんだ?確かにフィオナ先生は綺麗だが、あたしらの姫様だってめちゃめちゃ可愛いだろうが!全員正座しろ!罰として明日華様が直々に消し炭にしてやらぁ!」
折れた箸を叩きつけてそう言い放つと、男三人は怯えたような目で、珠紀はキラキラとした目であたしを見つめた。そして――
「明日華大好き!愛してる!」
珠紀はあたしの胸に飛び込んで来た。
「もう明日華だけが私の味方だよー!」
すりすりと頬ずりをしてくる可愛い姫様の頭を撫でつつ、あたしは口を開く。
「しょうがないよ珠紀。あいつらバカだから。目ぇ節穴だから。それに……」
あたしは珠紀の影からひょいと出てきたオサキ狐を珠紀の肩に乗せた。
「ニー」
「ホラ。僕も味方だよ〜、って言ってるよ」
あたしがそう言うと、オサキ狐はもう一度ニー、と鳴く。
「オサキ狐くーん!」
珠紀はオサキ狐を抱きしめてすりすりと頬ずりをした。
「んー、何だ。こいつ、ババ様んとこの使い魔じゃねぇか」
おや、という調子で弘兄はオサキ狐を覗き込む。
「そうよ。ちょー仲良し。あなた達と違って。ね、オサキ狐君」
そこであたしはん?と思った。さっきから珠紀は「オサキ狐君」と呼んでいる。……もしかして、名前つけてない?
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