長編

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いつもの朝。違うのは、昨日よりも学校へ行きたくないと思ってしまったことだろうか。


憂鬱で、それでいて体も思うように動かない。まるで重力が自分にだけ2倍、3倍にも降りかかっているようだ。


シーンと静まり返っている部屋。普通の家庭なら、親が食事の支度をしていたり、姉が忙しなく仕事へ出かけるべく化粧を施すのだろうが、

この家は夜行型なのか、私が学校へ行く時間には必ず寝ている。


父親や姉が起きるのは昼以降で、寝る時間は私よりもずっと遅い。

だからなのだろうと分かっている。けれど、朝から起きて夕方まで拘束されている身としては、やはり彼らをよく思うことはできなかった。


ベッドからのそりと立ち上がった後、ふらつく足取りで風呂場へと向かった。

身にまとっているものをすべて脱ぎ、シャワーを浴びるべくして蛇口に手を伸ばす。

横にある浴槽に昨日は言っていたであろう残り湯があることに嫌悪しながら浴槽の栓を抜き、蛇口をひねった。

最初に出る冷たい水は、まだ寝ぼけている目を覚ますのには十分なものだった。

徐々に熱くなるシャワーを体全体にかけ、髪、体、顔の順番に洗う。

最後にはリンスを流して上がる。濡れた体を私専用のタオルで拭いて、それから下着を上下付けて制服を着る。

まだ乾かしていない髪の水分を制服が吸って濡れた。長い髪のせいで、濡れた部分は身に着けた藍色のブラの紐が透けて見えていた。

そんなものすら何も思わずに、洗面台に向かい、髪の毛を乾かす。

長い髪はどうも乾かすのに時間がかかってしまうものの、どうしても髪が傷んでしまうのはどうしても嫌なので、妥協もできずに乾かし続けている。

それから、いつものように身支度を整え、学校へ向かった。


自分の気持ち以外は全部いつも通り。学校までの通学路も、朝出会ったクラスメイトも。

何も変わらないはずなのに、どうしてこうも他の人が憎たらしく思えてしまうのだろう。

普通の家庭、だから私のように、私みたいに、考えることも思うこともない彼ら、彼女らがとても憎たらしい。

それは憧れの裏返しとも言えるものでもあったことは自分でも気づいていた。

それがたまらなく嫌で、それがたまらなく、情けない、疲れるものだともわかっていた。

いつも元気っこで、周りに合わせる事が得意だった私は、今は何故かそれが無意味なように思えた。

たった一日、彼、先生と過ごしてしまったから私は変わった。

「はぁ・・・。」

もやもやとし続けている気持ちはため息一つではぬぐえるものでもなかった。

それすらもわかっているが、つかずにはいられない。

昨日まで仲良くしていた友達は、朝から憂鬱で元気のない私を腫物を触るかのように近寄らず、様子を伺っているようだった。

今は誰とも話したくない気分だったので、それは有り難いと言わざる得ない。

「なんか今日おかしいよね・・・。」

「うん、なんか怖い。やっぱりなんかあったのかな、」

聞こえない様で聞こえている声は、私の事ではないか、なんて思ってしまうほどにどうやら本当におかしくなってしまっている様子だった。

1限目、2限目と、授業を受けていたのだが、どうしてだろうか、わかっている内容なため、ただでさえ退屈な授業が、退屈な時間になっている。

私を避けて離される内容はきっと私が居たころと変わらないのに、息苦しくてたまらなかった。

私は椅子から立ち上がり、教室から出ようとした。

「ねぇ!」

少し大きい声は私を呼び止めた。

恐らく私に向けたものだろうと声のする方へ体ごと向けると、そこには私がいたグループの女の子の一人だった。

「だ、大丈夫?嫌なことでもあったの?」

心配からなのか、単純な好奇心なのか、純粋な彼女の気持ちすら無粋に疑いの目で見てしまう。

「・・・ごめ、なんか今日体調が本当に悪くて、フラフラしてるの。
いつもなら悪くても大丈夫にできてたのに、今日はだめだなぁ。本当にごめん。明日元気になったら埋め合わせするから。」

無理に作った笑顔は、ひきつった笑顔ともいえぬ顔だった。

私はそのまま教室を出て保健室に向かっていく。早く早く、誰にも会えない、合わない場所に行きたい。

逃げ出したい気持ちから向かった保健室。がらりと扉を開けると、一人の無表情な女の子と保険医の先生が向かい合って座っていた。

先生は私が来たことに気が付くと、立ち上がってこちらに向かってきた。

「あら、どうしたの?」

優しい先生の声。その優しさはまるで砂糖を煮詰めたカラメルのよう。

「あの、ちょっと体調が悪くて、少し休みたいんです。」

甘いはずの砂糖だけれど、甘さよりもほんのりと苦い。先生はそんな印象を受けた。

「そう。・・・次の先生には許可いただいてる?」

気遣うように私を机近くの椅子に座らせた。

「はい、友達には保健室に行くと伝えてあります。」

自分がどんな表情で話しているかもわからないまま、口から重々しく言葉は出ていく。

「じゃあまずは熱を測りましょうか。」

先生は諭すように私に体温計を差し出して熱を測っていることを確認すると、また向かいにいた彼女に話しかけた。

 
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