忍ぶ恋夢

□弐拾
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「ごめん」と頭を下げる雷蔵を見つめながら私は拳を振り上げる。

その動きに身を硬くしたのは雷蔵だけではなく、私の側にいたきり丸や、彼を心配してやってきた乱太郎たちもだった。


「馬鹿野郎!」

「っ!」








勢い良く振り下ろした腕は強く友の体を抱き締めて、私はその肩に顔を埋めると小さな声で「ありがとう」と再び呟いた。



「・・・三郎、ごめん、ごめん・・・ずっと、傷つけていた。君を悲しませていた、本当にごめん」

「うるさい、謝るな。私は怒ってなどいないんだ、謝られることなど・・・何も、ないんだからな」


お前は悪い夢を見ていたんだ。
だから、謝らなくてもいいから。


「・・・うん、でも、やっぱりごめん。僕は、君に酷いことをしたと思っている。だから、怒られるかもしれないけれど謝るよ。三郎、ごめんね」


「頑固者」と言えば「お互い様だよ」と返ってくる。

同じ顔をした私たちは暑苦しくも抱き合わせたまま笑い出し、そして少しだけ涙を流した。



『・・・良かったね、三郎』



(ああ・・・ああ、真琴)

(だが、まだ終わりじゃない)

(これからだ)



ひとしきり笑うと私は漸く身を離し、ぐずりと一度鼻をすすってから雷蔵を見つめた。


「どうして戻ってきた?」

「・・・」

「天女の力が、切れたのか?」

「気づいたんだ」


涙でにじむ目を拳で拭った雷蔵が、チラリと乱太郎たちを見ていつもの困ったような優しい笑みを浮かべる。

確かに乱太郎たちに聞かせては今後危険に巻き込むかもしれないとは思うが。



『話さずとも危険な目には合うよ。さっきみたいにね』



(そうだな)



雷蔵を見て一つ頷けば雷蔵も納得したように頷き返し、ポツリポツリと話をし始めた。








「おかしいと思ったんだ」


今日も彼女の所へ向かっていた。抑えきれない恋心に急かされるように、早く、早くと。

彼女は今日も輝いていた。花のように笑いながら四年生たちと話をしながら。

なんて美しく、可愛い人なのだろうと考えると同時に、彼女を取り巻く四年生たちが本当に憎らしく思えてきて嫉妬を覚えた。


なんとか彼女を振り向かせたい。
僕だけを見てほしい。


その時、彼女がいつも三郎を気にかけていることを思い出す。

三郎は天女様に興味が無いのかあまり彼女に近づかない。

そのことで彼女は時々「三郎君に嫌われているのかな」と悲しげに話している。

彼女を悲しませる三郎に対して怒りを感じてはいたが、逆に彼女に近寄らない三郎にホッと胸を下ろしている自分にも気づいていた。


彼女を見つめるのは自分だけでいい。隣に立つのも僕だけでいい。

醜い嫉妬は独占欲となって、気が付けば僕は彼女をただ喜ばせるために三郎として声をかけていた。









それなのに、








「雷蔵君」



彼女は迷いなく僕の名前を呼んだ。



瞬間、腹の底から恐怖心がせり上がり体中に広がりだす。



自分と三郎を見間違えないでくれたのが嬉しいだなんて言えない。

持てる技術を全て使い『鉢屋三郎』になっていた僕を彼女は一瞬で見抜いたのだ。

先生でさえ一度は気づかず必ず間違える僕らを、彼女は絶対に間違えたりしない。






それに気づいた途端、あれだけ焦がれていた彼女への思いが恐怖へと変貌し







そして、今まで自分がしてきたことを思い出して絶望したのだった。


「三郎、本当に僕は君に酷いことをした。友達に向けるべきではない目をして向けていた」

「気にするな。なかなか新鮮な感じがして面白かったし」



『やだー、三郎さんド変態ー』



茶化すように話す私と真琴の気持ちは同じだ、雷蔵。

私たちはお前に笑ってもらいたい。


「笑ってくれ雷蔵。私たちはずっとそれだけを待っていたんだ」



『泣いてる暇はないぞー!』



そう、泣いている暇は無い。


「取り戻そう、全部」


仲間も、学園も、みんなを、全部を。


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