小説

□君思う心は、まるで弾ける泡の如く
1ページ/7ページ



私には愛しい方がおります。
始めの頃は、親同士が勝手に決めた婚約で、反発もしておりました。
しかし、周囲の方から聞いた彼の人柄に、お考えに、私の心はひどく惹かれてしまいました。
けれども、彼の心を私が捕らえることは出来ませんでした。




夜半部屋のすぐ近く、玄関の方からカタリと音がする。
あぁ、またかと痛み出す胸を押さえるように、私は着物の襟を握り締めた。
婚約が正式に決まり、この家に移ってから既に2ヶ月。
毎晩のように出掛ける許嫁の背を見送ることに、そろそろ慣れ始めてしまった。
けれども、日を追うごとに増す胸の痛みには、決して慣れることはないだろう。

どこへ行くのか不思議だったが、それは人に聞いてすぐに解決した。
人から聞くには、彼には私との婚約が決まった時、既に愛すべき方がいらした。
古くからの馴染みであったそうだ。
毎晩毎晩、彼は彼女に会いに行くために家を抜けていたのだ。
それで、納得した。
彼はたとえどんなに近くにいようと、決して私を見てはくれなかった。
欲しい物、必要な物は全て買い与えてくれた。
しかし、会話は必要最低限。
一言も言葉を交わさないことも珍しくない。
そんな生活は、既に愛しい方が居たがためなのだ、と。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ