犬も歩けば棒に当たる。…私は何に当たる?

□有意義アバンチュール
3ページ/6ページ



どこにしよう、どうしよう。行きたい所は星の数ほどあったはずなのに。
植物園じゃなくて、図書館じゃなくて。えーと、えーと。

どうしてかそれらは浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返す。
実に非協力的な私の頭。


椿君は、私がえっとそのだとかうーんとえーとだかを何度も言うからかずっと待っててくれている。
私が一方的に唸っているだけだった。ああ、申し訳ないどうしよう。

遊園地にしようか? 椿君の柄じゃないと言うか、お金が掛かりすぎるかも。
ゲームセンター? 無理無理椿君が楽しくないに違いない。じゃあ水族館? ……近くに無いから行けるかどうかわからない。
じゃあ……じゃあ、えっと、その。


ふと、近くに置いていた出しっぱなしの雑誌が目に付いた。

恋人たちのアツいデート特集とカラフルな文字で綴られたそれをとっさに手に取り開く。
そしてまた、私は受話器に向かって言った。

叫んだ、だったかもしれないけど。


「海に行きたい!」


思っていた倍に力強く言ってしまってから、私は気づいた。あれ、と。
アツいデート特集なのだ。熱いとも暑いとも書けるという優れた文化カタカナは、私を見事に陥れた。


今って、夏じゃないんだ。

しまったやらかした!
何を言っているんだ自分。
ぱさりと掴んでいた雑誌が布団に落ちた。
こっちを見て微笑む憧れのモデルが、今はとても憎らしい。


「椿君、あのね! えっと」


しかし優しい優しい椿君は私が口ごもった沈黙の後、わかった行こうと返してくれたのだ。
その優しさが、今は少しばかり痛い。


「じゃあ電車を調べてるから、春海は予定だけ開けておくように」

「はいっ」


やっぱり変わらず大きい私の声が、自分の携帯電話のスピーカーからも聞こえて。
自分の愚かさに思わずがっかりした。

椿君はこういう時ばっかり愚か者と言ってくれないから困る。
と密かに八つ当たりしながら、私は椿君にまた明日と言った。

通信が切れて聞こえた電子音。椿君が電話を切ったようだ。

最後に大好きだよとか言ってくれても良いのに。
と思ってから実際に言われたらちょっと困ると思い直した。


パタンと閉じた携帯電話をベッドの上に放り投げて。
それを追いかけるように自分の体もベッドに倒した。きっと埃がたったと思う。


そして私は誰にともなく小さな声で呟いた。


「椿君、泳ぐとか言わないかな……」


言わないとは思うけど、どうしてか言いそうで怖かった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ