犬も歩けば棒に当たる。…私は何に当たる?
□心配ごと
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「お隣よろしいですか?」
そう声をかけられたのは私が一人で喫茶店のカウンター席に座って紅茶を啜っていた時だ。
アーサーが来てから度々来るようになったショッピングセンター。今日は神原も一緒に来た。
今はアーサーと二人でシルバーアクセサリーを見ていると思う。
美人は落ちてねぇか、と窓の外を見ていたからちょっと気がつかなくて間を開けて振り返った。
そこに立っていたのは背の高い女の人。パッと見た感じ、私と同じ…いや、少し下か…
店内を見回すと確かに私の隣しか空いていない。慌てて鞄を下ろした。
「すみません。」
白い肌に赤茶髪。日本語は上手いが外国人のようだった。持っていたジャケットを椅子にかけて彼女が座る。ほんのりとラベンダーの香りがした。
「外国の方ですか?」
少し興味が湧いて、声をかけた。少しも驚いた様子を見せず、相手が頷く。
「えぇ。昔からよく遊びに来てますけどね。」
「子供の頃から来てるんですか。」
「まぁね。すっごい昔から、とだけ言っときます。」
そう言って悪戯っぽく笑った。
「貴女は何のお仕事されてるんですか?」
「作家です。」
へぇ、と少し驚いた顔をする。それからにこりと笑った。
「素敵な文章を書かれそうですね。」
あっらやだこの子なに。なかなかイイコじゃない。
「ありがとう。貴女は?」
私ですか、と呟いてアイスティーにミルクを入れてかき混ぜる。私も少し冷めた紅茶を飲む。・・・少し濃いかな。アーサーが来てから紅茶に関しては舌が肥えたと思う。
「色々してますが一番は書類にハンコ押してサインして会議に出る・・・ですかね。」
何かの社員だろうか。まあいいや。
「今日は一人なの?」
少し口調を砕く。気にした素振りもなく彼女は頷いた。
「仲は悪いんですが、知人がこのあたりに住み始めたんです。そしたらそいつと私、共通の友達が彼が少し心配だというもので。その人のことは大好きなんですよ、私。けど彼、塩分の摂り過ぎで病院いかないと行けないし、」
一度言葉を切ってミルクティーをすする。
「今朝は腰痛もひどいらしいんで私が変わりに来たんですよ。少し見かけたんですけど綺麗な女の人と男性と歩いてましたし、こっちの心配してたのがアホらしくなっちゃって・・・あ、すいません。あなたに言う事ではありませんでしたね。」
すみません、と彼女が苦笑いする。いえ、と首を振って私も紅茶を再び啜った。
「声はかけられました?」
「いえ、邪魔するのもあれですし。」
なんというか・・・心配して様子見に来たなら嫌いな人でも顔ぐらい見せればいいのに。
ふと、ケータイが鳴っているのに気がついた。
「ヨボセヨー」
『いや、韓国語要らないです。それより買い物終わりましたけど。どこにいるんですか?』
「二階の端の喫茶店。」
『あ、じゃあ近いのでとりあえず合流します。』
あーはいはい、と電話を切った。彼女に向き直る。
「連れがくるみたい。」
「そうなんですか。ちょうどいい、私が行ったらちょうどここ並んで三人座れますね。」
そう言って私と反対側の席を指差す。いつの間にか大分客は減った様だった。
あれ?でも、
「何で私が三人で来たと?」
「見てたので。・・・ストーカーとかではないけどな。」
立ち上がった彼女の口調が変わる。敬語よりこの少し男らしい口調のほうがしっくり来た。
「連れのうちの金髪眉毛野郎にこれを渡してくれるか。」
そういってメモを渡される。少し状況判断の処理に脳が追いついていなくて、唖然としながらメモを受け取った。
ジャケットを着た彼女が少し伸びをする。
「あ、そうだ。」
「?」
「貴女、名前は?差し支えなければ、だが。」
「真琴」
「真琴、か。・・・ありがとう真琴。今日は楽しかった。また機会があればうちにも来てくれると嬉しい。」
「うち?」
「ああ。スペインの隣にある小さな島国に私はいるからな。それと、」
「アーサーをよろしく。」
聞き返そうとしたときには彼女はすでに視界に居なかった。
しばらくして神原とアーサーが入ってきた。彼女が空けてくれた席に二人が座る。
「あー疲れた。今日は人が多いな。」
「休日ですから。」
「・・・。」
黙っている私に二人が首を傾げる。渡されたメモをアーサーに見せた。
「さっきまでこの席に座ってた女の子が居たんだけど。その子、アーサーと知り合いみたい・・・これを渡すように言われたんだけど。」
「俺に・・・?」
メモを開いたアーサーの顔が見る見るうちに歪んだ。
「あ、英語だ。」
アーサーの肩越しにメモを覗いた神原が呟いた。
「なになに・・・”美人と楽しい休日すごしやがって。襲うなよ万年発情期。仕事ためまくって、こっちに帰ってきたとき破綻しろ眉毛!!!!!”・・・なんですかこれ。」
「・・・あんの・・やろう…」
「知り合い?」
「"仕事仲間"」
なるほど、つまり彼女はアーサーと同類なのだろう。
「"どこ"の子?」
神原に感づかれたりしないように言葉を選ぶ。
「スペインの隣、イギリスの下くらいにある小さい島国だ。ティオ王国っていう。ラベンダーの産地で永世中立国だ。」
「へぇー。」
「?なに?なんですか?」
話についていけない神原がしきりに首をひねる。可哀想なやつめ。
「神原、今度海外旅行に行きたいなー。休みくれ。」
「はぁ!?なんですか急に!?」
「今度の小説のネタが浮かびそうなんだけど。」
「むぅ…じゃあ今月の原稿〆切日までに出してくれたら。」
「ふざけんな若造。」
帰ったらググってみるか。
-とある休日の訪問客-
((アーサーさんどうでした?))
(えー?アーサー?うんなんか普通に楽しそうだったぞ。美人とイケメンに挟まれて)
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