急がば回れ。…回りたくない時もある。

□月見、始めませんか?
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それは、私と彼との偶然的な出会いだった。

驚くほど偶然な、始まりの始まりの話。
うざったい彼と、引っ込み思案な私の始まりの話。



「初めまして、担当の神原です」

「初めまして・・・・・・」


平日の喫茶店の照明下で初めて見たその人は、とても明るそうだと感じた。
見た目はただの若い人。若すぎる顔をしていてとてもじゃないけど年上には見えなくて。

一目見て仲良くなれなさそうだと、一声聞いて面倒臭そうな人だと思ったのだ。


人が嫌がりそうな所をずけずけと入ってきそうで怖くて。
嫌だ嫌だと私の心が悲鳴を上げた。

やっぱり担当なんて貰うんじゃなかった。ずっとファックスかなんかで頑張ればよかったんだ。


頼んだカフェオレに砂糖を加えて混ぜながら思う。
シナモンで描かれたニコニコマークが崩れて溶けた。


「まずなんですけど、先生のお名前から聞いてもいいですか?」


ほら来た。
こんな質問に答えたくない。

答えたらまた、ああなるのだから。
ぎゅ、と拳に力を入れる。
いつの間にか顔にまで力が入ってしまっていた。
どうしよう、どうしよう。


それでも、彼は聞いてきた。私は自分でもどんな表情をしているかわかるほど力を入れた顔だったのに。


「風花ですけど・・・・・・」

「ペンネームじゃなくて。本名が知りたいんです」


念を押して言った彼にふざけるなと怒鳴りたくなった。
どうせ知ったって誰もと同じ反応をされるに違いない。

だったら本名なんて言いたくない。
私が沖ノ鳥まひわであるなんて、知られたくない。

なんで教えなきゃいけないんだ。
私が私だと誰も知らないでいるから私は小説を書き続けていたのに。


「なんで教える必要があるんですか」


言ってやった。
あんたなんかに名前すらも教えてやるもんかと、伝えるように。

頑なに私を守るように。彼を守るように。

せめて誰も嫌な気持ちにならないように。ただ願って口をきつく閉める。


彼がにこりと笑った。


「俺の名前は神原琉平です。年は23才。趣味は車とシルバーアクセ作りです」

「はぁ」


口を挟む暇さえ無かった。
にこにこと、こっちが嫌になるぐらい楽しそうに。

それが演技じゃないようにしか見えないからさらに嫌だ。

なにを考えているか全くわからない。怖い。


「好きな色は赤。好きな車種はハチロク。今乗ってる車はランエボです」

「あの・・・・・・?」


わけがわからなすぎて思わず聞き返してしまった。
この人のしたい事がわからない。


彼の名前が神原さんで私よりいくつか年上で、車が好きでセンスがあると言うことはわかったが。
それがなんだと言うのだろうか。
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