急がば回れ。…回りたくない時もある。

□文化祭企画‐姫組
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広い場所を求めて文化ホールの舞台ステージの使用権利をなんとかもぎ取った私のクラス。
そんなステージで何をやるかと言えば、演劇である。
最初こそ教室でできるものを想定していたのだが、心強い友人どもが、
「いっそやるならもっとBIGでCOOLにしないかい!?」
「そうよ、せっかく綺麗な衣装なんだぜ?晴れ舞台で着てあげなきゃ可哀想だわ!」
「少し癪だが、賛成だ。せ、せっかく、お前と一緒につくった衣装だしな!勘違いすんなよ、あくまでも俺と衣装のためだ!」
「せやで!俺らにまかしとき!」
と言いだし、その言葉通りに文化ホールと言う素敵な持ち場を用意してくれた。
不覚にも涙腺が緩みかけた事はいい思い出にしようと思う。

私だって狭いステージでやるには台本に大幅なカットが必要なことと、表現しきれない部分が出てきてしまう事を残念に思っていた。
だからといって心療内科に通院し精神安定剤と胃薬を常備しているメンタルの弱い私には、あまり大々的な行動を起こせなかったのだ。
正直言って、文化祭実行委員になったことをひっそりと後悔していた。

文化祭実行委員になって、今まで会った事のない素敵な人との交流は出来たし、やりがいも感じていた。
ツイッターなどで頻繁に構ってくれたトルシェ姉さん。小柄で、それでも頼りになるオーラを放つ花蓮の姉御。実はこっそりファンだったラスティー姉ちゃん。まだ私は臆病者で、そんな風に呼んだ事はないけれど。彼女らの顔を思い出すと自然と顔が綻ぶ。
それでも休むことが許されない日々、束縛されたスケジュール、数々の打ち合わせ――そういったものに押しつぶされて日常に支障が出てきてしまっていたのだ。
そんな私を、彼らはずっと見つめてくれていた。

だからこそ、できることを手伝ってくれようとした。
「まかせろ」と言ってくれた。
こちらの悩みを、解消させようとしてくれた。

本当に良い友人を持ったと思う。
――あー、私が友人と言えば機嫌を損ねる、つまりその、私の事を・・・もご、な、悪趣味な人物もいるわけだが、それは置いておこう。

当然の如く体育館は休憩所として使用され、講堂に至っては演劇部や吹奏楽部が使用する。
カフェテリアは食堂なので使用は禁止されており、啓発室は文化部などに取られてしまった。
広い音楽室や視聴覚室も軽音楽部や合唱部に使用権限は渡されてしまう。

元ヤンで恐れられる友人や、女子に幅広い人気を持つ友人が手回しをしてもどうやっても越えられない壁がある。
私達は一般の1クラスなだけということ。勿論軽音楽部や演劇部や書道部などと言った部活動には到底叶わない。
即行動派の友人が生徒会室に何度足を運んでも結果は何一つとして変わらない。多目的教室の使用を勧められるだけだった。

それでも皆諦めないでいてくれた。
1学期中に準備を終えないといけない地獄のようなスケジュールにも負けずに、プライドの高い彼らが何度も頭を下げてくれたお陰で、本来はなんちゃらかんちゃらに関する考察とそれについてのほにゃらららを長々演説するスペースとされていた文化ホールの使用が見事私達に許されたのである。
我が校の自慢である講堂は音響設備も整い、1000を超える席が並べられている。最近になって設備が新しくなりより充実している、らしい。

ドヤ顔で「俺にかかればこんなもんだ!」と言いながらやたらと嬉しそうに笑うクラスメイトに私はしてやられた気持ちになりながらも、ひたすらお礼を言い続けた。


そして、当日。梅雨が明けるか明けないかという実に微妙な日付にもかかわらず本日は晴天。
昼前という最も人が集まらない時間帯にもかかわらず、私たちのクラスの持ち場には人が訪れていた。
ホールに広がる席に、まったりと腰を下ろす人々。
それをステージの影、カーテンの隙間から覗き見た私は足を震わせた。

「ど、どうしよう、人いっぱい来てるよ!」
「落ち着きなさいよ、ホラこれ飲んで」

動揺した私に声をかけたのは、フランシス。余裕顔なのが憎たらしい。貧乏なワイン作りの役のはずなのに何故か煌びやかなオーラを放っている。
その手が差し出した物はよく冷えたスポーツドリンクのペットボトル。まだ未開封だ。
おずおずと受け取ると、手にひんやりとした温度が伝わって、きもちいい。

「フラン……あ、ありがとう」
「ん。あんまり汗かくとせっかくのメイクが落ちちゃうから気をつけてね」

ヘアメイクを済ませた頭を、軽くポンポンと撫でられる。
この男の事だ、セットが崩れるような馬鹿な事はしないだろうと、安心して撫でられる。
離れていく毛深い腕を少し名残惜しく思いながら、受け取ったペットボトルの蓋を回し、開封する。

口紅が落ちないように気をつけながら口をつけ、傾ける。
慣れ親しんだほのかに甘いドリンクの味に安心しながら、喉を潤した。
それでも、この震えは収まらない。

とにかく今は気丈に振舞わなければと、笑顔でフランの傍を去る。
ステージの横、本番時にもすぐに手に取れる場所にスポーツドリンクを置いた。
大丈夫、今日を乗り越えれば大丈夫と口で唱えながら、指先を見る。
まずい、震えが収まらない。

「あきよ……君、震えているのかい?」

声がかかる。今度はアルフレッドだった。
振り返れば、彼らしく装飾が派手な王子の衣装を身につけ髪の毛もワックスでセットし終えたフレディが、心配そうにこちらを見つめていた。気付かれてしまったか…
こちらに早足で近づくフレディの表情は、今まであまり見た事が無い動揺と心配を織り混ぜたようなものだった。

「フレディ……どうしよう、止まらないの」

思いのほか、自分の口からは大層情けなく震えた声が吐き出される。
足の震えが悪化して、立つことさえ難しくなる。穿き慣れないハイヒールが私を窮地に追い込んだ。
かさばるドレスも何もかもが私を追いつめる。ステージの外から聞こえるざわめきがより一層大きく聞こえ、耳を塞ぎたい衝動に駆られた。
薬を飲まなければ――そう思い至った時、フレディが足を踏み出した。

力強く回される逞しい腕が、簡単に私をフレディの胸の中に閉じ込める。
私とは違う硬い胸が間近に迫り、鼓動でさえ聞こえてしまうのではないかという距離だ。
それでも、この大きな胸に抱かれると、どうにも安心してしまう。
例えるならば、父の背中におんぶされた子供の気分だろうか。
絶対的な安心感は、すぐに私の体を鎮めていった。

「…どうだい?」
「あ、ありがと。凄く楽になった」
「よし!じゃああと少しで始まるぞ!」

そっと私を開放するフレディ。
もうその顔に心配の色はなかった。

「準備は良いかい?」
「うん!」

もう、大丈夫。


「なんやえらいべっぴんさんや思たらあきよちゃんやん!ごっつかわええなぁ」

いつも通り元気な笑顔のアントーニョことトーニョ。
彼はスペイン王をイメージして作った衣装を身に纏っている。なんだか参考資料の要素を詰め込み過ぎてちょっとだけバランスが悪いのは内緒。
でも彼は衣装を渡した時に目を輝かせて「俺が着てもええの!?うっほー!」となんだか雄叫びをあげて喜んでくれたんだ。
どうやら気に入ってくれたらしい衣装を身に包んだ彼の瞳に緊張の色はない。

「当たり前じゃない!プリンセスだもの!」

そして私にも、フレディのお陰で笑顔で言い返すくらいの余裕が出来た。


そろそろ開幕の時だ。
気を引き締める。
いつの間にか隣にいたらしい、スーツのような控えめの衣装を着こなすマシューことマティーが、珍しく力強く微笑む。

「あきよさん、自信持って」
「うん!さぁ皆、いっちょやっちゃおう!」

「おー!」だの「よし!」だの「だな!」だの、皆の叫び声が聞こえる。
最後までかみ合わないクラスだと笑っていると、最初の登場人物であるフランと、ベティと呼ばせてもらっているエリザベータがステージへ駆けていく。
本番だ。
開幕の合図はもう、すぐそこに。
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