短編

□ナイトに焦がれて
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あの方は、俺の憧れだった。
憧れと言えば烏滸がましいか、その人は俺の目標だった。


宍戸早苗殿。


はねた黒い髪。子供らしい細い腕にも、他の子供よりちゃんと筋肉がついていた。

彼のかけ声はいつも道場を貫くように響き、聞こえない日はなくて。
いつも踏み込む音が力強く声に混じっていた。
道場の中ではいつも一番にその人が竹刀を振るっている。そんな彼の隣で竹刀を同じ様に振れるのが嬉しかった。

そして何よりも、彼の後ろ姿の凛々しさが一番記憶に残っている。
すらりと伸びた背筋は、纏う空気すら違って。防具を着けていても彼だとすぐわかった。


それでいてその人は、とても強かった。


小学生だった俺の稚拙な目で見ても、その姿は立派なものだった。
我々に剣道を教えて下さっていた親方様が、いつも誉めておられたので間違いない。

その姿が、俺の幼い時からの憧れだった。


彼に追い付きたくて、自分も懸命に竹刀を振るう。
たった二つしか違わない筈なのに、二年のその差は大きかった。追いつくにも無理な話だった。

それでも俺は竹刀を握り、彼を目指し続けた。
高校生となった今でも、それは変わらない。


彼を師匠と呼び敬愛し、その人もまた俺を実弟の様に扱ってくれた。
幸村と俺の名を呼び、頭を撫でてくれるその手が大好きだった。
笑うと眉尻が下がるその表情は、今でもはっきりと思い出す事が出来る。


あの人に試合で勝った覚えは一度もない。
いつか一本取るのだと、意気込んでいた。


しかし、あの人と出会って七年。
お互い三つの頃から続けていた剣道だったが、彼が中学生になる時に。

彼は道場に来なくなった。


親方様は早苗は部活動があるから来れなくなったのだと仰ったが、本当かどうかはわからない。
確かにその中学校に剣道部があるという噂は耳にしていた。

ただ、その二年後に俺が中学校になった時。
彼と同じ学校に行ったが、男子剣道部にその凜とした後ろ姿を見つけることは出来なかった。

もしや転校なされたのかと、地域の大会にもなんども赴いたがやはり見つからなくて。
彼はもう剣道を止めてしまったのだ。そんな空虚のなか、俺は今日もまた竹刀を振るう。


高校生になった。今も親方様の道場に通い続けている。
学校でも剣道部に入ったが、やはりその人を見つける事が出来ない。同じ学校に居ると聞いたことがあるからここを選んだのに。


あの人に会いたいという気持ちを、心のどこかに押し込めながら。
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