助団長編

□きっと、それが普通
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「待て愚か者! 今日と言う今日はその髪黒くしてさしあげます!」

「うっせ! お前こそその下睫毛どうにかしな!」


今日も平和な開盟学園。そこではしばしば壮絶な戦いが繰り広げられている。というか、毎日。

周りの生徒は彼らのことをほのぼのした目線を向けている。
むしろ、今や見ているものすら少ない。

それほどまでに二人の男女の“追いかけっこ”は、開盟学園の朝の恒例行事となっていた。
普通の風景と同等に扱われてしまうほどに。


追いかける、いわば鬼役の全速力で相手を追いかけている男。
彼は全校生徒に言わずと知れた開盟の生徒会副会長である、二学年F組椿佐介。

追いかけられるほうで、体力が限界になり息も絶え絶えになっている女子生徒。
この追いかけっこにより有名になった三年生の坂城綾乃である。
広まったのは悪名であり、名声なんかではないのだが、有名なのだ。

年下の者が追いかけて、年上の者が追いかけられる。普通ではない、どこの誰が見てもおかしい異様さ。
この二人の毎朝恒例となった追いかけっこは開盟学園の全員に近い数の人間が確認している。

何しろ学校中を走り回るので、知らない人間のほうが珍しいぐらいで。
密かに今日はどちらが勝つのかなんて話し合ったりする、いわば話題の行事なのだ。


種目こそ子供達がやるようなほのぼのとした種目で、大声をあげながら走り回る二人は本当にほほえましい。

小学生がやっているのだとしていたら、更に微笑ましい。


それの原因は、坂城綾乃の金色の髪に、少し下からなら下着が見えてしまいそうなほどの短いスカート丈。聞くだけならなんとも学生らしい可愛い理由だった。
可愛い可愛い理由だった。聞くだけなら。もし小学生がやっているのなら。

スカート丈の短い女子を男子が追いかけるのはいささかおかしいと言うかも知れないが。


この追いかけっこを見た学生達は口を揃えて言う。


あれは映画以上に過酷なデスレース。


殴る蹴るは当たり前。
口の応酬だっていつものこと。
どちらかが技をかけるのだってあり。
人を使うのもあり。
ていうか何でもあり。
ルールは無いというルールであるこの鬼ごっこは、可愛いとは言い難い。

小学生がやろうとしてもできるわけが無いのである。


それでも二人が何の怪我も無いのは、二人だからとのほかに言いようが無い。
そう、二人だからなのだ。それ以外の理由は無い。


「今日は貴女のためにブロ○ネを買ってきてあげたんですよ!」

「白髪染めじゃん! お前買ったの!?」


椿が追う。綾乃が逃げる。椿が追う。綾乃が逃げる。椿が追う。綾乃が逃げる。
椿が追う。綾乃が逃げる。椿が追う。綾乃が逃げる。椿が追う。綾乃が逃げる。

延々と。延々と。


この追いかけっこが終わるには、あの手この手を駆使した綾乃がHRが始まる鐘が鳴るまで椿から逃げ切るか。
綾乃の体力が底を付いたところを椿が捕まえるかの二つが多いが。

あえて例に出すのなら。
めったに無い稀なケース、綾乃の幼馴染であり、椿が唯一言う事を聞く人物。安形惣司郎が椿をじきじきに止めると言う裏技があった。


「くたばれ下睫毛!」


今日も今日とて、二人は至って朝から元気そうだ。
また誰かが今日の昼代を賭けた。誰かはまたやってると呟いた。

そんな中。
きゅきゅきゅ、とゴムと廊下がこすれあう音が響く。
いつもの事だと流して見ていた周りの人間が眼を向けた。


綾乃が前へと向けていた走るための力を、正反対の方向へと進める。
こすれたのはその音だったようで、綾乃が振り向き終えた頃には音は何も聞こえなかった。

そしてそれから椿に向かって走る彼女は腕を伸ばし、脚を前に出す。さらりと綾乃の長い髪が靡いて。
今度は椿の靴が音を奏でる番だった。

それはまさにラリアットの形。しかし椿の長身と、綾乃の小柄な体型が合い混じって。
綾乃の猛スピードの腕は本来正しい場所である首ではなく、腹に。すばらしい勢いでヒットした。
ボディブローと言ったほうが正しいのだろうか。それは誰も知る由が無い。
一瞬の出来事だったのだから。


「あっ、なたと言う人は……」

「今日は私の勝ちだ。ザマァみろ副会長! 来年会長になってから来るんだね」

「来年貴女は卒業じゃないですか!」


ふふん、と綾乃が優越感に浸り椿を見下ろしている間に、椿は何とか痛みから回復する。
勢い良く立ち上がった長身の彼。その表情はもう痛みは感じていない。

そして猫にそうするように、がしりと綾乃の首根っこを掴んだ。
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