急がば回れ。…回りたくない時もある。

□月見、始めませんか?
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「ちなみに今、恋人はいません」


自信満々に。自分が間違っている事なんて1ミリたりとも思ってないような。

彼の長い長い自己紹介の最後を独り身だと云う事実で締めくくった。


「他になにか聞きたいことはありますか?」

「いえ・・・・・・」


別にありませんと私は付け足して、首を振る。
実際は彼、神原さんの行動の意図が知りたかったけど。

誕生日や血液型なんかのプロフィールから、家族の話や過去の恥ずかしい話、初恋の幼なじみの事まで。
ずっと一方的に話し続けられた神原さんは怪奇すぎて逆に凄かった。


外では主婦の人達が買い物に向かっていたりあるいはその後だったり。
平日を選んで入ったここは非常に人が少ない。

カフェオレが湯気を出すのを止めていた。


「それで貴女の名前は?」


にこりと最初と同じように彼は聞いた。
爽やかで明るくて。まるで好青年と云うものすべて当てはめたかの様な。

喋りすぎて私に名前を聞いたことを忘れたんじゃないかと思うほどに。


「あなたが教えたから、私も教えろと?」


口をついて出た。
神原さんみたいな好青年で、明るくて爽やかな人がそんな狡賢そうな事をするわけ無いのはわかるのに。

人を疑ってばかりの自分の方が狡い。


沈黙が辛い。
乾いた喉をカフェオレを一口飲んで潤そうとした。


細められていた神原さんの目が私とばっちり合う。
合ってしまった。

離せない。逸らせない。
じっと見つめ合って先に動いたのは彼だった。そして。


そうだけど? と形の良い唇が。
私の意見を肯定した。


「何故ですかっ!?」


「わかってて言ったんじゃないの?」


嘘だと思ったぐらいにして。
私が今日一番に驚いたら逆に驚かれた。

目を真ん丸に見開いて、えぇ口を横に広げながら。


「俺が君の優しさに付け込もうとしてるから?」


意外だと顔に書いておきながらも、神原さんは丁寧に理由を教えてくれた。

極悪で卑怯で狡賢そうな考えを教えてくれた。
キャラ崩壊なのかと疑った自分が居ないでもない。


「沖ノ鳥まひわです」

「まひわさんだね」


にこにこと笑いながら私の名を呼ぶ彼を見て、私の負けだと思ってしまった。
根負けだ。適うはずもないんだと何故だか対抗心。

しかし疑問に思った。
彼は何故なにも言わないのだろうか。

沖ノ鳥がよく聞く苗字だとでも言うのか。
信じられない。


目が少し、開いた気がした。
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