急がば回れ。…回りたくない時もある。
□浮かれた三田野郎
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突然の事にびくりと肩を揺らして視線を上げる。
ふわふわな猫っ毛が目に入った。それから透き通った黄緑と目が合う。
ぎょっとして目を見開くと、目の前の彼がからからと笑った。
「誰……?」
「相席ええ?」
テンポの良い関西弁に、とりあえず何度もうなずいた。
ちらりと盗み見るように周りを見たら、なるほど案外込み合っている。
もしかしたらあいつかもなんて思った自分がにくい。
目の前に座ったその人はお昼ご飯のつもりなのか、トレイにパンをのせそれをにこにこと見つめていた。
心が荒んでいただけに、非常に居心地が悪い。
しかしここですぐ席を離れても、愛想のない人だと嫌な気持ちにさせてしまうに違いない。
なにより、カップの中にあるグランデサイズはまだ半分残っている。
持ち歩くのも面倒だし、少し我慢して彼の方が席を立つのを待とう。
「お姉さん一人なん?」
「え、あ、私?」
そう。と笑って頷いた青年に目を白黒させてしまった。
いくらフレンドリーでも、クリスマスに一人でグランデサイズのカプチーノ飲んでる女に話しかけないだろうとタカをくくっていた。
なんてこった。うまく言う言葉も見つけられなくて、私はまた頷く。
がぶりとサンドウィッチにかじりついた青年が、また言葉を続けた。
「なんや目ぇ赤いけど、どないしたん?」
「い、これは……その」
なんだこの人。
自分でも気付かないうちに目が腫れてしまったらしい。
ひいいと叫びそうになりながら俯くと、擦ったらあかんでと声を掛けられた。
やっぱり席をたった方が良いだろうか。
人見知りレーダーが激しく反応していて、カプチーノの味が全然しない。
またちらりと見た青年が人好きするような笑顔を浮かべているので、尚更無礼が出来ないと頭を抱えたくなった。
どうして今日はこんな厄日なんだろう。
こんな状態ではため息すら吐くことも出来ない。
「俺、アントーニョ言うねん」
「……はぁ」
せやからと、突然話を切りだした彼は繰り返した。
ええと、アントーニョと言うのは彼の名前の事だろうか。それで、どうしろと。
訝し気な視線が届いたのか、彼は慌てたように笑顔を深くした。
「お姉さんの名前教えたってや」
「私……?」
必要性がとんと分からなかった。
ほら、ほかの席があいたからそこ座れよ。なんて念を送ったが、届く様子は無いようだ。
なんだか変なのに関わってしまったかもしれないと思いながら、私は春海ですと名乗った。