急がば回れ。…回りたくない時もある。

□浮かれた三田野郎
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春海ちゃんな。とにこり笑ったその人は、まだ話を続けるようだった。
さっきと変わって、話は彼が過ごす日常についての明るい話。聞いてるだけでも暇じゃなくて。
しばらくこのまま話しててもいいかなと思い始めた。


大学や高校に入学したばかりの頃は、こうやって知らない人と話すのも平気だった。人見知りだって今ほど酷くなかった。
それを体が思い出したのか、気がつけば私も話を切り出したり頷いたり。

最近ずっとあいつに時間を割いていて、友達を蔑ろにしてしまった。
この人と話してた方が、嘘偽りなく楽しいかもしれない。好きだったものに砂をかける訳じゃないけど、あいつは自慢話の方がずっと多かった。


驚く程に楽しかった。
カプチーノが無くなるまで、時間が過ぎるのを忘れていたぐらいに。


「……あ、無くなったん?」


私が目をまん丸にしてカプチーノを見ているのに気付いたのか、アントーニョさんが笑う。
気付けば外も明るさが変わり始めていて、ちらちらネオンが輝きを主張し始めた。

気付かんかったなぁと、同じ事を思ったのかアントーニョさんが言う。


テーブルを見ると、アントーニョさんのサンドウィッチもコーヒーもとっくの昔になくなっていて。
おんなじだねと二人で笑った。


「付き合わせたって悪いな」

「いいよいいよ」


私だって楽しかったと頬を緩めると、彼は本当に嬉しそうな顔をしてよかったと呟く。
その顔の横で、ちらりちらりと白い物が舞うのが見えた。

あ。と思って目線だけじゃなく顔を向けると、同じ言葉が聞こえる。
暗くなっていた外では、小さな雪が空から降ってきていた。


ホワイトクリスマスかぁと思わずうっとり言うと、目の前の彼がそうやねと相槌を打ってくれる。

まるでこの人と恋人みたいだ。なんてついさっきまで無限に湧いていた怒りはどこへ言ったのだろうか。


よく男なんて単純だと言うけれど、私も大概だ。


「なぁ」

「なに?」

「ホンマはさっきから見てたんよ」


申し訳なさそうに彼が顔を伏せた。
アントーニョさんがいってる事が理解出来なくて、首を傾げて聞き返す。

眉尻を下げたアントーニョさんの、黄緑の両目を覗き込んだ。


「さっきの平手打ち、見とったん」


は、と間の抜けた声が喉を抜けた。
平手打ちって平手打ちって、あの平手打ちの事だろうか。

もやもや頭の中で色んな言葉がぐるぐるしている。
まだ、アントーニョさんがなにを言わんとしているのかわからなかった。
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