急がば回れ。…回りたくない時もある。

□浮かれた三田野郎
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私は未だアントーニョさんが言ってる意味が分からなくて。
頭を整理しなくちゃいけないのに、次から次へと言葉が生まれてきて阻まれた。

平手打ちを見られてたという言葉も中でぐるぐる回っている。
今日二番目の混乱に、目線をアントーニョさんと空の皿とで行き来させるばかりだった。


「どういう経緯かも聞いてん」

「あ、はぁ」


アントーニョさんは朝私の近くにいたということだろうか。だからあのブチ切れた私の平手打ちを目撃したと。
……で、どうしてこうなったんだ。

アントーニョさんは自身の眉間を指差し皺出来とると笑ったきり、私の言葉を待っているようだった。
待たれても、理解できるかわからないんだけど。


アントーニョさんはつまり、朝の修羅場を脳裏に焼き付けてしまっていて。
その後に私を見かけたもんだから好奇心で相席したという事なのか。

そこまで結論が出て、顔に血が巡っていくのがわかる。
傷心した私と適当に喋っては馬鹿にしていたんだ。そう思うと怒りを通り越してやるせなさがこみ上げた。
自分って本当馬鹿だ。


滲む目を必死に押さえ、零れそうな嗚咽をため息に変えた。
ちらとアントーニョさんを見る。彼はひどく驚いたような顔をしてから、その整った顔を歪ませる。


「春海ちゃん、ちゃうねんて」

「……なにが」

「俺、春海ちゃん追っかけてきたん」


また更に意味が分からない言葉が聞こえた。
追いかけてきたって、何故。

下唇を噛んで、ここからも逃げ出してしまおうかと考える。
男っていっつも意味がわからない。


「冗談やないで」


滲むアントーニョさんの顔。それでも、真剣な顔をしているのだけはわかった。
声があまりにも真剣だったから。

テーブルの上に置いていた手が、アントーニョさんの大きな手で覆われる。
びくりと肩が揺れた。引っ込めようとしたら、それよりも早く強く握られた。


実に不思議な事に、そんなに嫌じゃなかった。
演技かもしれないと、微塵も思わなかった。


「春海ちゃんに一目惚れしました」

「……はい?」


もうすっかり耳に慣れてしまった関西なまりで、アントーニョさんは続ける。
引っ込んだ涙のおかげで、笑ってもない目元に力の入ったアントーニョさんの顔が見えた。


「結婚を前提に、俺とお付き合いして下さい」


ぎゅう。心臓が変な音をたてた。
それを皮切りに、急激な勢いで動き出したそれ。少し冷めかけた筈の頬の熱がまた集まる。

締め付けられたのは心臓だけじゃなくて。


やっと相槌が打てるようになったはずの私は、やはり必死になって頷くしか出来なかった。




》あとがき
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