急がば回れ。…回りたくない時もある。
□カプチーノに笑んで
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いつもは落ち着いた雰囲気で、お洒落なジャズが流れる喫茶店。
黒を基調として内装も、最近気に入ったジャズバンドも、今日ばかりはお休み。
黒を隠すように赤や白のリースが飾られて、耳に届くのはオルゴールで奏でられるクリスマスミュージック。
さらについでに。クリスマスツリーの絵になったカプチーノのシナモンに、思わず頬を緩めてしまう。
「美味しいね」
クリスマス限定と名を打ったシュトレーンを口に運んで、目の前に座るその人に言った。
しかし、いつまで待っても返事は無い。
どうしたのだろうとシュトレーンから目を移すと、シュトレーンと同じくらい真っ白な髪のギルベルトがうんうん唸っていた。
彼の皿にあるシュトレーンは、たったの一口分しか減っていない。
いつもなら俺様のホットケーキの方がうまいぜとか言いながら私より早く食べるのに。
それでもしっかり口の端に粉砂糖を蓄えていて、不意を突かれ吹き出した。
「ギル」
彼が見つめる、雪だるまが描かれたカプチーノは形も崩れずそのまま。多分一口も飲んでいないのだろう。
なにを考えて居るのかわからないが、取りあえず口を拭ってやらないと。
そう思って手を伸ばせば、やっと赤い目がこっちを見た。
「な、ななな」
「口の端っこについてる」
腕を伸ばすと驚いたのか身を引いたが、私がそう言ってさらに手を伸ばすと理解したのか大人しくなる。
親指で粉砂糖を拭ってやれば、わりぃなとその口がわずかに動いた。
相変わらず形がいい唇だとまじまじみていたら、油断していた額にごつり拳が当たる。
「さっきからどしたの」
「あ、いや、なんでもねぇよ!」
頬をひきつらせながら両手を顔の前で振ったギルベルト。人のデコを殴っておいてそれはないだろ。
彼がこうするときは大抵なにか嘘をついている時だ。
でも今日ぐらい許してやろう。なんたって今日はクリスマス。
「シュトレーン美味しくない?」
「えっ、あ、うまいぜ!」
ケセセといつもながらの笑い方をしたギルは、思い出した様にシュトレーンを口に運び始めた。
一口が口より大きいもんだから、口の端と言わず鼻の頭まで粉砂糖が散歩している。
まるで子供の様なその顔に、口を拭うのは食べきってからの方が良かったかとため息をついた。