急がば回れ。…回りたくない時もある。

□カプチーノに笑んで
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シュトレーンを口いっぱいに含んだギルが、珍しく笑顔じゃない。
どんな顔しているかって、真顔だ。

ただ口を動かしているだけのような、そんな顔。
ギルは好きな物を食べる時、口いっぱいに含む癖があるから、多分美味しいとは思って居るのだろう。


ただ、無表情だと気味が悪い。
何かの前触れと言うか、嵐の前の静けさと言うか。ただ絶対何かある。

それがまったく予想出来ないから、尚更気味が悪い。
彼氏様に気味が悪いと連呼するのは気が引けるが、それ以外の言葉は見当たらなかった。


「シュトレーンおいし?」

「……んぁ」


口をもごもごさせながら、それでもちゃんと返事はある。
多分音は聞こえているんだろうけど、彼の中でちゃんと消化されてからの返事なのだろうか。

シュトレーンばっか食べてるから。


「カプチーノ飲まないの?」

「……ん」


まだ口の中にあるシュトレーンが無くならないのか、口がもごもご動いている。
私は皿もカップもとっくに空になってしまっているから、ギルを見るしかやることがない。

じっと動く頬を見ていたら、それが無くなる様子がよくわかった。


「夕飯、予約してるんじゃ無かったっけ?」

「んぅ」


相変わらずんしか言わない。
彼が有名なレストランのディナーを予約したと自慢してきたのは、先々月の事だ。
雑誌やテレビでも見たことあるその名前に私も呆けるばかりだったから、ギルが自慢したくなるのも頷けた。

しっかしまぁ、今日の彼はなんかおかしい。


腕時計に目を移せば、彼が言った予約の時間が迫っていた。
もう。ため息をついたら、ギルが息を飲む音がする。息じゃなくてカプチーノを飲め。カプチーノを。


私の声に慌ててカプチーノを飲み干したギルを、急かして小走りになりそうなぐらい早く歩いた。
外で手早くタクシーを止め、冷たい屋外から暖かい車内に逃げ込む。


隣に座ったギルは、今度は眉間に皺を寄せていた。
あああイライラしてきた。なんだお前は。

何考えてるんだ。烏滸がましいかもしれないが、彼女の私と居るんだぞ。


わかってるのかと怒鳴りつけてやりたかった。
しかしギルが眉間に皺を寄せ考え込んでいるのが珍しくて、観察する方を優先してしまった私はとても愚かだ。


私たちを乗せたタクシーは、会話もなく冬のドイツを走り抜けていく。
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