急がば回れ。…回りたくない時もある。

□ゆるりと溶く
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ほかり。焼きたてのたいやきが湯気をあげる。
気温が冷たい所為か、手の仲のそれはいつもの倍暖かく感じた。

外気にさらされて冷え始めていた手をそれで暖めながら、私は最初の一口をもぐり食べる。


生地の甘みが口いっぱいに広がって、噛む度に幸せな気分も広がった。
隣のロマがうめぇと呟いて、私がそれにうなずく。


「フェリシアーノの分まで買ってやれば良かった」

「買いに行く?」

「いや、いい」


跳ねたくせっ毛を揺らして、また彼が一口を頬張る。

私の口の中と彼の口の中が一緒だと思うと、心に幸せがしみこんだ。
こんな事で幸せを感じてしまうなんて、センチメンタルにも程があるだろう。


「すっかり冬だな」

「そだね」


暖かい物がおいしい季節だよと冗談混じりに言えば、ロマは笑ってうなずいた。
私もうまく笑えていたらいいんだけど。

手の中のあんこと見つめ合っていると、横からにゅっと手が現れる。
驚いて手を辿ると、にやり笑ったロマと目があった。

びびびびっくりした。


「要らないなら貰うからな」

「えええ、あげない」


伸びてきた手から逃げるようにたいやきを口に入れて、また更に残りを遠ざける。
あげないって言ってるのに、よほどたいやきがお気に召したのかあきらめが悪い。

ロマのたいやきはもう無くなってるのに、私のはまだ半分も残っているのが悪かったのかもしれない。


「一口だけいいだろ?」

「ロマは自分の食べたじゃん」


私がいくら言ったって腕は伸びてきて、それから遠ざかる度に体の距離が近くなった。
普段外であまりくっ付かない私たちにしては十二分に近くて、私は心の中でひいひいと悲鳴をあげている。


しかもこうなったロマは意地悪で、厄介だ。
二年付き合ってればそんな事もわかるので、どうせこれは彼の口の中に入るのだろう。

だがしかし、そこで引けないのが先輩の意地って奴だ。


あげないあげないと繰り返していたら、ふいにロマの体が離れていく。
予想外の行動に拍子抜けして居ると、彼の表情が変わった。


「春海先輩、一口だけ下さい」


ロマは私に敬語を使わない。本来は私が先輩なのだから敬語で話しかけられるべきだと思ってるし、付き合い始めはそうしてた。

なのにいつの間にか無くなっていて、辛うじて名前の後の先輩だけが私の威厳に引っかかっている感じだった。
そう思えば、本当に久々の敬語だったのである。


可愛い後輩に、たいやきを差し出さない訳が無かった。
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